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2006年4月の5件の記事

2006/04/26

〔非書評〕重箱の隅つつき その3 『ダ・ヴィンチ・コード』 ダン・ブラウン,越前敏弥 訳 / 角川文庫

248_2 さすがに文庫化までしていただいて,いつまでも読まずにすましているのは失礼というものだろう。というわけで遅ればせながら拝読させていただいたが,なるほど噂にたがわず突っ込みどころ満載。持ち寄っての読書会など楽しそうだ。

 キリスト教をめぐる謎解きの主旋律はさておき,コンピュータをまったく利用しようとしない暗号解読のプロや,理屈はこねるが結局何をしたいのかわからない黒幕など,登場人物たちの(ストーリーを複雑にするためとしか思えない)奇妙な振る舞いは枚挙にいとまがない。
 もうひとつ,レオナルドの作品の出番が思ったよりずっと少ないのも予想外だった。その方面では岡田温司『マグダラのマリア エロスとアガペーの聖女』などのほうがはるかに詳密だし執念深い。

 ところで,本作の大ヒットについて世界中の誰より悔しがっているのは,もしかしたら『悪魔の涙』『ボーン・コレクター』のジェフリー・ディーヴァーではないか。
 「じ,自分ならもっと緻密に調べてみせるのに」
 「自分のほうがもっとはらはらさせられるのに」
 夜毎髪をかきむしって煩悶する声が聞こえてきそうだ。実際,本作に登場する「善玉」「悪玉」たちのステロタイプぶりときたら……。
 いや,残念ながらそのあたりは詳しくは触れられないため(これからトム・ハンクスを見ようという方にお気の毒),今回も重箱の隅をつついておしまいにしよう。お題は次の一節。

「あれよ」ソフィーが言って,獅子っ鼻を持つ赤いふたり乗りの車を指さした。
 冗談を言ってるのか? ラングドンはこんな小さな車をいままで見たことがなかった。
「スマートカーよ」ソフィーは言った。「リッターあたり百キロ走るわ」

 スマートカー,はないよね。原作のダン・ブラウンはもちろんわかったうえで書いているようだが,これはsmart fortwoという小型車のこと。翻訳の越前氏はご存知なかったのだろうか。メルセデスのエンジンやシャーシ技術にスウォッチのデザイン,フランスの工場で組み立てられてダイムラー・クライスラーが販売しているという,フランス,イギリス間の一往復だけで終わる『ダ・ヴィンチ・コード』に比べても桁違いにコスモポリタンな車である。

 が,今回つつきたかった重箱の隅は,そこではない。リッターあたり百キロ,のほう。
 いくら2人乗り小型車と言っても,リッター百キロは無茶だろう(スペック表参照)。原付じゃないんだから……。

2006/04/22

〔非書評〕重箱の隅つつき その2 『なみだ研究所へようこそ! サイコセラピスト探偵波田煌子』 鯨 統一郎 / 祥伝社文庫

247 続いて,奇想の妙手,鯨 統一郎のミステリ短編集。なんの資格もないサイコセラピスト波田煌子が,クライエントの悩みを次々に言い当てて治療するという趣向。
 トラやリスなどの動物を幻覚に見てしまう男。何か人形があると腹話術で喋らないではいられない男。時計恐怖症の少年。生徒が失敗するとつい拍手してしまうベテラン教師。
 心理学の知識だけは豊富な主人公 松本清と波田煌子の空回りするやり取りも楽しい。

 さて,今回の重箱の隅は本文中の

 「はい。緑と黒の青虫がついてたんでしょう? それ,アゲハチョウ,たぶんキアゲハの幼虫ですよね。からたちとか柑橘系につく」
 波田煌子は虫愛ずる姫でもあったのか。

なる一節。ある女性の奇妙な性癖について,波田煌子の推理の根拠の1つとなるものなのだが,残念ながらキアゲハというのは間違い。

 キアゲハの幼虫は確かに緑と黒のだんだら模様だが,イモムシに詳しい小学生ムシキング博士諸君ならご承知のとおり,キアゲハの幼虫が食べるのはパセリ・ ニンジン・ミツバなどセリ科の植物なのだ。カラタチ・ミカン・サンショウなど,柑橘系の植物につくのはいわゆるアゲハ(ナミアゲハ)の幼虫。全体が緑色で,背にあたる部分に大きな目に見える紋があり,頭のすぐ上から強烈な匂いのするオレンジ色の肉角を突き出すのがアゲハの幼虫である。

 ちなみに,優雅な飛翔が昼の蝙蝠を思わすクロアゲハ,カラスアゲハはやはり柑橘系,羽根の青い模様が幻想的なアオスジアゲハの幼虫はクスノキ,ヤブニッケイ,シロダモなどの葉を食す。

2006/04/19

〔非書評〕重箱の隅つつき その1 『象と耳鳴り』 恩田 陸 / 祥伝社文庫

246 よろず何ごとにつけても批評,紹介は決して容易でないが,なかでもミステリの批評は難しい。なにしろトリックや犯人の人物像をストレートに論ずるわけにいかないため,妙に遠まわし,あるいはありきたりなことなど並べたて,結局ジャンルを特定の上ただほめる,ただけなす,のいずれかになってしまう。
 そこで,最近,あるいは過去に読んだミステリについて,ノドに刺さった小骨というか,気になったところだけ取り上げてみることにした。重箱の隅つつき,ありていにいえばあら捜しである。

 「この短編集をまとめるにあたり,どの短編をタイトルにするか迷ったすえ,装幀のためにこのタイトルに決めた。私がある日古本屋で一目ぼれした東京創元社の三十年前のペーパーバック,バリンジャーの『歯と爪』。是非これと同じ意匠で作りたいと思ったからである。」

 上記は本格ミステリ短編集として評価の高い,恩田陸『象と耳鳴り』のあとがきの一節だ。
 バリンジャー『歯と爪』の装幀の関係者(装幀当人は物故)には了解を取っているのだから読み手がどうこう言うべきではないのかもしれないが,本の作り手のセリフとしては少し神経を疑う。
 「意匠」には「デザイン」のほかに「工夫」「趣向」といった意味がある。本の意匠を「同じ」にしたいということは,オリジナルであることを放棄することだ。ただ先人の工夫,趣向を模する,そういうことでもある。

 恩田陸という作家は,作品名についても似た例がある。
 2・26事件を題材としたSF長編『ねじの回転-February moment』,このタイトルの「ねじの回転」は言うまでもなくヘンリー・ジェイムズの著名なゴシックホラー,「February moment」はハービー・ハンコックのCDからもってきたものだそうだ。作中に必然性があるわけでもなさそうで,ひねりもなくそのままと思うとなにかひるむものがある。

 この作者の意識の中で,意匠とかオリジナリティとかはどういう具合になっているのだろうか。
 ファンタジーやホラーのストーリーテリングの力量で知られ,『六番目の小夜子』『麦の海に沈む果実』など誰もがうらやむようなタイトルを産んだ作家だけに,ことこの意匠やタイトルについての一種の意識の弛緩はなんというか妙に空恐ろしい。

2006/04/14

新入社員推奨銘柄 『コンシェルジュ』(現在5巻まで) 原作:いしぜきひでゆき,漫画:藤栄道彦 / 新潮社BUNCH COMICS

Photo【でも 人はすぐ その あたり前のことを 忘れてしまうんです】

 就職氷河期を乗り越え,なんとかクインシーホテル トーキョーに採用された川口涼子。ところが彼女が配属された部署は,聞いたこともない「コンシェルジュ」。こんしぇるじゅ?

     ... concierge 〈仏〉 ホテルの総合世話係,よろず相談承り係 ...

 廊下の隅のコンシェルジュデスクで彼女が出会ったのは,髪ぼさぼさの一見さえない,だが実はニューヨークの一流ホテルで「グレイト・ハイ」と手腕をうたわれた伝説のコンシェルジュ,最上拝だった。

 ──と,ここまでで明らかなように,海外のホテルで手腕を評価されたスタッフが日本の新進ホテルで人知れず活躍するという設定は,石ノ森章太郎の『HOTEL』そっくり。しかし,洗練,安定感は別として,晩年の石ノ森特有の気取りや無意味な大ゴマの目立つ『HOTEL』に比べ,本『コンシェルジュ』のほうがずっと瑞々しく,読んでいて楽しい。

 顧客サービスのプロが経験や人脈をもとに宿泊客の無理難題を解決していく展開はどこからどこまで『HOTEL』そっくりなのだが,ホテル・プラトンのマネージャ東堂克生がゴージャスな個室からいつの間にか裏で手を回して大きなトラブルを解決してしまうのに比べ,クインシーホテルの最上はどうやらロッカーしかあてがわれておらず(それどころか合理化を進めるホテルオーナー兼社長の松岡俊一郎にさらに経費節減を要請される),お客様の要望にこつこつ足と記憶で応えようとするマメな苦労人である。
 また,東堂の過去について意味ありげな伏線ばかりでなかなか詳細を語ってくれない石ノ森に対し,『コンシェルジュ』では最上がなぜ将来を嘱望されていたニューヨークを離れたのか,2巻できっちり説明してくれる。それは,アイデアものの読み切りマンガとしてほのぼの楽しく読み進んだお気楽読者にはかなり衝撃的な内容で,うかつに電車の中などで読んでいると目頭が熱くなってうろたえるはめに陥るかもしれない(私はそうでした)。

 最上と涼子をとりまく周囲の人々もなかなか魅力的だ。とくに,ホテルに出入りする若手女優,藤原貴梨花がいい。コンシェルジュデスクに四六時中入りびたり,ともにトラブル解決に立ち向かう貴梨花は公私混同はなはだしく,実際のホテル従業員マニュアル的にはNGだろうが,そのとっぴんしゃんでパキパキした言動はマンガ全般を振り返ってもちょっと思い当たる「類似品」がない。
 また,3巻から参加する底なしに有能だが杓子定規な鬼塚小姫,怪力ポーター・司馬一道など,脇役も一種徹底的,それぞれの持ち味を活かした見事な展開が多い。

 絵柄が一風変わっており(女性の脚の描き方など独特),また3巻あたりから絵柄が微妙に変化してしまった(涼子の目がまん丸になった)のは気になるが,描線はすっきりしているので読みづらいということはないだろう。
 お説教くさいことを書くなら,新しく社会人になられた方にはとくにお奨めだ。経費と顧客サービスについてのオーナーの松岡と最上の議論など,利益追求をレゾンデートルとするあらゆる企業の永遠の命題だ。
(安易に最上の神がかり的な手腕のみ賛美せず,随所に相反する考え方を提示しているのがいい。オーナーの松岡は連載開始当初は単にイヤミなキャラだったが,意外や経営意識が高く,合理主義に基づく細かい施策もそれなりに筋が通っている。最上以上にバードビューからホテル経営を考える面もあり,この種のキャラクターとして稀有と言ってよい。)

 少し心配なのはコミックバンチという雑誌がわりあい掲載作品に対して淡白で,ふと気がつくと連載が終了していることも少なくないことだ。
 ダレる前に締めてしまうのも一つの判断だが,この作品はあいまいに終わらせてしまうのは惜しい。
 とりあえず単行本5冊,春の宵にほどよい長さ。今夜も枕元にどさりと積んで再読。

2006/04/12

なんだかよくわからない 『飛蝗の農場』 ジェレミー・ドロンフィールド,越前敏弥 訳 / 創元推理文庫

147【いまは何をしていても,猥雑で,生々しくて,力強くて,満ち足りた気分なの。】

 日ごろしたり顔で本を褒めたり貶したりしていますが,力及ばずさっぱりわからない本も山のようにあります。そんなときは黙って知らんぷりしていることが多いのですが,たまには取り上げてみることにしましょう。

 ジェレミー・ドロンフィールド『飛蝗(バッタ)の農場』は,「このミステリーがすごい!」2003年版海外編ベスト10の第1位,はたまた「IN★POCKET」文庫翻訳ミステリーベスト10 総合部門/作家部門/評論家・翻訳家部門のそれぞれ第1位,おまけに「週刊文春」2002年傑作ミステリーベスト10 海外部門第3位……等々めでたかしこくも高い評価を得た海外ミステリです。
 経験則からすると,「このミス」第1位作品ともなれば,好みはともかくなるほどこれはすごいと感心させられるのが常。こんな手があったかここまでやるかと,読了して損した気分になることはめったにありません。

 ……ところが。『飛蝗の農場』は,硬く分厚いゴムを噛むようで,最初から最後までどうにもなんともよくわかりませんでした。

 あらすじは,出版社側の惹句にお任せすると,以下のようなものです。

 「ヨークシャーの荒れ野で農場をいとなむキャロルの前に謎めいた男が現れた。
  一夜の宿を請われ断るの段を経て,不幸な経緯から,ショットガンで男に傷を
  負わせたキャロル。
  看護の心得のある彼女は応急処置をほどこしたが,意識を取り戻した男は,
  以前のことを何も覚えていないと言う。
  幻惑的な冒頭から忘れがたい結末まで,悪夢と戦慄が読者を震撼させる。
  驚嘆のデビュー長編。」

 そもそもの「幻惑的な冒頭」という持ち上げからして納得いきません。ねっとり暑っ苦しい印象はあれど,およそ「幻惑的」とは読めませんでした。
 ストーリー半ばでキャロルの農場とはまったく縁もゆかりもない情景がちぐはぐに挿入されますが,それらがこの「謎めいた男」の過去と関係するのは当然として,その情景と現在が結ばれるタネあかしにいたる終盤,ちっともすっきりしません。
 また,ネット上でも是非が話題にされたエンディングも,無理やり接ぎ木した印象が残るばかりです。
 そもそも,ストーリーが複雑なのは,単に作者が情報を隠匿したり,描写の順番をばらけさせたりしたためなのですから,解説に「異常心理というテーマの奥深さ」とあるほどの奥行きは感じられません。シンプルにすっきり描いて,それでも読み手が呆然とする,とかいうのが正しいあり方なんじゃないでしょうか。

 結局,最大のミステリはこの作品を一等賞に推した「このミス」や「IN★POCKET」の選評だったかも。
 それともこの年はよっぽど受賞にふさわしい作品が少なかったのでしょうか。

 ちなみにヨークシャーの荒れ野といえば『嵐が丘』の舞台だと思いますが,『飛蝗の農場』の空気はどちらかといえばアメリカ南西部の粗野で広漠とした荒野のもの。「悪夢と戦慄」より「孤独と欲望」,エミリー・ブロンテよりテネシー・ウィリアムズの印象です。
 そもそも『飛蝗の農場』というタイトルからして,よくわかりません。バッタは出てくるには出てくるのですが,その意味は最後までわかりません。この設定で……キャロルのほうが謎めいてどうする!

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