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2005/11/20

『まるで天使のような』『ミランダ殺し』ほか マーガレット・ミラー

901 前回の続き。
 ちなみに,いくつか辛口な評になっているように見えるかもしれませんが,品切れ・絶版をせっせと集めて読んでいる,そのくらいお気に入りである,ということはご理解ください。

『見知らぬ者の墓』(創元推理文庫,榊 優子 訳,1960年)
 未読。

『まるで天使のような』(ハヤカワ・ミステリ文庫,菊池 光 訳,1962年)
 ツキに見放された私立探偵クィンは,荒野で禁欲的な共同生活を営む小さな宗教集団に迷い込んだ。彼はそこで知り合った信者の一人から,ある人物の所在を調べてほしいと依頼される。だが,訪ねた人物は5年前の嵐の夜,車で出かけたまま消息を絶っている。豪雨の川で発見された車には,当人のものと見られる血痕のついたシャツが残されていたという……。
 最後のページで明らかになる真相には論理的な矛盾があるように思われたのだが,どうだろう。ミラー作品の中では翻訳(とくに会話文)が平板なのもやや気になる。

『心憑かれて』(創元推理文庫,汀 一弘 訳,1964年)
 かつて幼女に対して事件を起こし──どんな事件かは明かされない──精神病の治療を受けた気弱な青年チャーリー。今は文具店の倉庫番として,兄と密かに暮らしている彼を中心に,当人や周囲の戸惑い,彼が学校の校庭でたまたま見かけ,目をはなせなくなってしまった少女の失踪を描く。
 昨今のサイコホラーのように過激な展開にはいたらず,登場人物たちのありとあらゆる「静かな勘違い」が折り重なって苛立たしさがいや増していく。サスペンスとしてはよくできているのだろうが,四十年前ならともかく,現在の社会では自動的に陰惨な物語になってしまうことが読めてしまい,すんなりとは作品世界に馴染めない。

『明日訪ねてくるがいい』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブックス,青木久恵 訳,1976年)
 未入手。

『ミランダ殺し』(創元推理文庫,柿沼瑛子 訳,1979年)
 カリフォルニアのとあるビーチクラブには,匿名の中傷文の執筆にいそしむ偏屈な老人や,マフィアにコネがあると嘯く粗暴な少年,傍若無人極まりない三十路の姉妹など,奇妙な会員たちがただ暇を持て余している。ミランダはそのクラブで生活する,かつては美貌をほこったが,今は寄る年波に必死の抵抗を試みる──それしか頭にない──中年の未亡人。ある日,そのミランダの行方が知れなくなる。すると彼女が死体となって……と思っていると,彼女の亡き夫の遺言を行使しようとする若い弁護士にあっさり発見される。ではミランダが殺されるのはいつ……と読み進むと,別の人物の死が伝えられる。などなど,読み手の予想が次々と覆される,いわばつっけんどんなテーブルマジックのような作品。……と思っていたら最後に読者に突きつけられる真実は。
 と,サービス精神に富んでいるのか単に意地悪なのかわからないまことにやっかいな作品。ただし,世評があまりに高かったため,期待過多で『殺す風』ほどには没頭できなかった。また,この作品については「ユーモア」ということがよく言われるが,どこが笑いどころなのか,まるでわからない。

『マーメイド』(創元推理文庫,汀 一弘 訳,1982年)
 法律事務所を訪れた風変わりな娘クリーオウ。失踪した彼女を探すことになった若手弁護士は……。
 潮の香りあふれる,ハードボイルドの枠組で描かれたちぐはぐな青春小説。この時期,ミラーはすでに視力を喪い,口述で執筆したのだろうか。だとするとこれだけの長編を書けたということは脅威的。ただ,ところどころ印象に残る場面はあるが,『心憑かれて』同様,誰もが「正常」を少し(ないしたくさん)踏み外しており,誰にとっての悲劇なのか,とっちらかった印象。読み流して終わる。

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