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2005/11/26

これにとどめの「映像化不可能」の話 その三 『やまなし』 宮沢賢治

【クラムボンはわらつたよ】

 そうそう,もう一つ,やはり本当に「映像化不可能」そうな作品を思い出しました。
 宮沢賢治の「やまなし」という短い童話です。

 この「やまなし」は

 二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話てゐました。
『クラムボンはわらつたよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』
『クラムボンは跳てわらつたよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』
 上の方や横の方は,青くくらく鋼のやうに見えます。そのなめらかな天井を,つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。
 (以下略)

という作品ですが,この「クラムボン」が何を表すかについて,水の泡説,仲間の蟹説,沢の光説,アメンボ説,賢治の妹トシ説など諸説フンプンおイモはデンプンいろいろ長年議論されており,いまだいっこう説が定まりません。

 まあ,教育テレビで放映する程度なら,カニの子供二匹の影絵を表示して「クラムボンはわらったよ」と女優さんに朗読してもらえばいいのでしょうが,それでは「やまなし」を映像化したことにはならないでしょう。

 映像化をかぷかぷあざわらう謎のクラムボン。ところが賢治はこの短い作品を「私の幻燈はこれでおしまひであります」で締め,あたかも映像化を前提にこさえてみせたかのような書きっぷり。
 やまなし,もとい,なやましい話です。かぷかぷかぷー。

 ところでクラムボンとはいったい何(誰)か。
 泡や光やトシというのは,結びつけるにもあまりに根拠がない気がします。蟹のことを英語でcrabというのでそれかなと思ったのですが,同じ蟹のことを言っているようには思えない。そこで最近は,クラムチャウダーのclam,つまりハマグリの意から,沢にいる二枚貝がかぷかぷ貝殻を開け閉じすることかな,という案がお気に入りです。
 もっとも,ではそんな二枚貝がなぜ(誰に)殺されたのかとなると,二疋の蟹の兄弟同様,
『知らない。』
『わからない。』
ですが。

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