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2005/11/22

これでいいのか「映像化不可能」の話 その一 『音楽』 三島由紀夫 / 新潮文庫

094【……私の体で,私はえもいわれぬ幸福感を以て,あの『音楽』をきいたのです】

姑獲鳥の夏プレミアム・エディション(2枚組)
by 京極夏彦(作・演)
11月25日発売。映像化不可能といわれた大ベストセラーを豪華キャストで映画化。
12月22日には特典ディスク付きの京極堂BOXも発売

 少し前に紀伊國屋BookWebのトップページにあった『姑獲鳥の夏』のDVDの広告文面です。この「映像化不可能」,映画やDVDの紹介中によく目にするものですが,実はかなりへんてこりんな言葉かもしれません。
 なにしろ「映像化不可能」という言葉は,たいてい,映像化されてしまった作品の紹介時に使われているのですから。

 僕がこの「映像化不可能」なる表現を雑誌で初めて目にしたのは,三島由紀夫原作の映画『音楽』の紹介記事においてでした。調べてみるとその映画は昭和四十七年(1972年)に公開されています。つまり,「映像化不可能といわれた」というキャッチコピーは,少なくとも三十年以上前からすでにあったということになります。

 しかし。
 インターネットで検索してみると,「映像化不可能といわれた」作品が山ほど見つかるのですが,『マークスの山』や『ハサミ男』がなぜ「映像化不可能」なのかはよくわかりません。叙述ミステリで「犯人は実は○○だった」「登場人物のAとBは実は同一人物だった」といったような設定のものはなるほど難しそうですが,たとえばカメラをAの視点からまわすなどの工夫でなんとかなるはずです。また,そういった工夫こそが映像作家の腕の揮いどころではないでしょうか。

 「映像化」とは要するに「映画配給」のことであり,この「不可能」も実際は「そこらの映画より手間がかかる」「知恵が要る」「カネがかかる」程度のことにすぎません。
 つまり,「映像化不可能といわれた」とは,「製作費もかかったし,苦労もしたのだから,一人でも多く見にくるように!」という脅しのこもった煽りにすぎないということになります。

 ものは試しに三島の『音楽』を読んでみましたが,冷感症の女性の性的快感を「音楽」にたとえる艶笑コメディ(違うのかな?)にとくに「映像化」への障壁は感じられません。昭和四十年代としてはエロチックな内容が懸念されたのでしょうか。とはいえ別に露骨な性描写があるわけでなし,精神分析療法シーンで語られる夢もとりたてて特撮が必要なほどとは思われず,よくわかりません。当時のテレビ番組「キーハンター」あたりの映像技術やエロス表現で十分まかなえたのでは?

 ちなみに,小説としての『音楽』は,(個人的に得手とはいえない三島作品の中では)暗喩の少ないこざっぱりした文体で,ライトなサイコミステリとして楽しく読めました。ただ,もし「同傾向,同水準の作品がほかにもあるけどいかが?」と奨められたら,「一冊でけっこう」と答えて逃げ出しそう。
 一つ苦笑いしたのは,作中,語り手の精神分析医が,一方では自分の患者(映画スターやプロ野球選手)のプライベート厳守を自慢げに嘯きながら,一方でヒロインたる患者の治療や私信の内容を,ヒロインの恋人(家族ですらない)に,しかも外で饗応を受けながらペラペラと喋ってしまうことです。現在ならこれだけで,個人情報漏洩問題医師としてワイドショーものかも。

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