オバケの本 その八 『あやかし通信『怪』』 大迫純一 / ハルキ・ホラー文庫
【濡れ雑巾が砂の上を引きずられるような音だったという。】
筆者の友人,知人が直接体験した恐ろしい話,奇怪な話を取材して書き起こした全46話。
設定,構成が木原浩勝,中山市朗による『新耳袋 現代百物語』によく似ていますが,これは『あやかし通信』の筆者たる大迫氏が,木原・中山両氏の大学の後輩にあたり,『新耳袋』の企画にも初期は参加していたためとのこと(一部に共通の知人から取材したと思われる話も収録されています)。「あとがき」によると大迫氏が彼らと袂をわかったのには何か「わけあり」だったもようですが,そのあたりは当方の興味の外なのでこれ以上は触れません。
掲載されている怪談について。
『新耳袋』もそうですが,筆者個人による怪異観の主張がやや五月蠅い面がありますが,それを除くと──つまり収録された怪異譚そのものを見ると,プリミティブというか,取材したものをそのまま削りも磨きもせずに載せた風情です。いったん木綿を水にさらした感のある『新耳袋』に比べて夾雑物が多いだけ,「怪しさ」の塩梅も濃い,そんな感じです。
ここで「怪しさ」というのは,語り手がどこかで読み聞きした既存の怪談を語っているだけかもしれない,単なる勘違いかもしれないといったいわゆる“眉唾”の「怪しさ」もありますし,一方そうではなくて何か本当におかしなことが起こったのかもしれないといった「怪しさ」もあります。
本書がインターネット上で話題になるほど怖いとされたのなら,その故はそのあたり洗われていない「怪しさ」の原石のごつごつした手応えにあったのではないでしょうか。
そういうわけで本書は,『新耳袋』が第十夜で完結してしまったことに無沙汰を覚えている方,あるいは最近の『新耳袋』になにかこざっぱりした物足りなさを感じておられた方にお奨めです。
ところで,本書『あやかし通信』を読んでいて,ふと,気になったことがあります。
本書の「第一夜」は幽霊の話で始まります。そこで,幽霊とは
生臭い風とともに人魂をともなって,ひうどろどろ,と現れる,あの幽霊である。
と説明されています。
もちろん,その後に続く幽霊譚は平成の実録怪談ですから「生臭い風」などともなわず,「人魂」も……。
ちょっと待ってください。その,「人魂」は,平成の現在,いったいどこに行ってしまったのでしょう?
「人魂」といえば,この国の怪談を形作る伝統的な怪現象の一つであり,最近の文庫を見ただけでも,たとえば江馬務『日本妖怪変化史』では「第五章 陰火と音響」,柴田宵曲『妖異博物館』では「人魂」「怪火」,また今野圓輔『日本怪談集 幽霊篇』でも「第二章 人魂考」と,それぞれ紙数を費やして丁寧に取り上げています。少なくとも昭和三十年代後半までは,「人魂を見た」「怪火が飛んでいた」という目撃談が新聞雑誌に載る程度には珍しくない(とされる)怪現象だったのです。
ところが,『あやかし通信』『新耳袋』や平山夢明の著書をはじめとする昨今の実録系怪談集では,この人魂の類の怪火をほとんど目にしません。これはいったいどういうことなのでしょうか。
一つには,怪火の多くが科学で説明されるようになってしまったということがあるかもしれません。
たとえば怪火の一部は「火球」といって,明るい流星にともなう自然現象と説明されています(「火球」は今年の5月にも新聞紙上をにぎわしています)。また,人魂は,墓地で発生するリン(黄燐)の自然発火によるものなのだが,火葬の割合が高くなった最近は見られなくなった──とする説もあるようです。さらには,かつてなら人魂とされたものが,昨今ではUFOの目撃談にすり替わってしまったものもあるかもしれません。
しかし,誰かの死に際して幽かに蒼く,音もなく飛ぶ人魂は,本当は変わらずすうすうと飛んでいるのだが,もしや昨今のこの国が電灯で明るすぎて人の目に見えにくくなっているだけではないか──そんな思いもないわけではありません。
昭和三十年頃の父のアルバムには,ただ「はじめて人魂を見た」と,赤と青の色鉛筆で長く尾を引く火の玉が描かれています。
いつ,どこで見たのか,幾度か尋ねても笑って答えてくれないまま父は亡くなってしまいましたが,彼が死んだときも,病室の外には静かな人魂が低く飛んだのでしょうか。それとも。
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