オバケの本 その七 『日本怪奇小説傑作集(2)』 紀田順一郎, 東 雅夫 編 / 創元推理文庫
【ネエ旦那,竿はこっちにあるんじゃありませんか。】
第1巻について書いているうちに第2巻も発刊,さっそく読んでみました。
日本怪奇小説の独自性(紀田順一郎)
人花(城昌幸)
かいやぐら物語(横溝正史)
海蛇(西尾正)
逗子物語(橘外男)
鬼啾(角田喜久雄)
幻談(幸田露伴)
妖翳記(久生十蘭)
怪談宋公館(火野葦平)
夢(三橋一夫)
木乃伊(中島敦)
人間華(山田風太郎)
復讐(三島由紀夫)
黒髪変化(円地文子)
その木戸を通って(山本周五郎)
蜘蛛(遠藤周作)
猫の泉(日影丈吉)
前回の「蛇」同様,今回の「人花」「人間華」の併録は意図的なものなのでしょう。
また,1巻2巻通して,海上ないし海浜の保養地を舞台とした作品が目立つように感じます。これは選者の嗜好なのか,そもそも海にまつわる怪奇小説が多いのか。小沼丹の短編など読んでいても海浜の別荘地を舞台にした少し気味の悪い話が出てきたりしますから,書き手にとって「腕をふるいやすい」ところがあるのかもしれません。
海にまつわる作品の中では露伴の「幻談」が出色で,たまたまこの夏岩波文庫『幻談』を読んだのですが,「骨董」(これがお目当てだった)「魔法修行者」「蘆声」といった他の収録作も該博にして枯淡,さらりとした口述の短編はさながら吟醸の味わいでした。
興味深いのは,第1巻ではまだまだオバケが怪奇の大半を担っていたのに,本集では,若干の偶然や運命のいたずらを除き,いっさいオバケが登場しない作品があるということです。また,オバケが出てくるにしても,「人花」,「かいやぐら物語」(「かいやぐら」は「蜃気楼(シンキロウ)」のこと),「海蛇」など,オバケに向かい合う人間の側が相当に奇ッ怪至極で,オバケが出てこなくとも十分に怪しい話をこさえられそうなものもあります。
つまり,この時期の怪奇小説では,恐怖の対象が超常現象から人の心の深遠に移ってきた,そういうことなのでしょう(などと書くとあまりにステロタイプで我ながらアナハイリタガリ症候群を併発しそうですが)。
その限りでこれらの作品は怪奇小説という括りさえ不要で,オバケが出る出ないにかかわらず,単に文学,小説といってよいのかもしれません。
そういった流れから,続く第3巻の方向性の予測をしてみましょう。
おそらく3巻で中心になるはずの戦後の怪奇小説については,新しい要素の1つとして,いわゆる「不条理」という設定,展開があるように思います。
江戸から明治にかけての怪談でしたら,オバケが現れ,登場人物がそれに恐怖を覚え,最後には狂い死にしてしまう……それがオーソドックスなおさまりどころでした(時代劇の勧善懲悪みたいなものでしょうか)。次いでは,近代的自我の浸透に伴い,人の心のありよう,ひいては人間存在そのものの怖さを描く時期に入ります。
戦後の怪奇小説は,オバケの恐怖を描いた作品もある一方,なにやら得体の知れない「状況」があって,それが説明されるわけでもなく,決着がつくわけでもなく,ただ奇妙な,あるいは異様な読後感を残して物語が終わってしまう,そのような怪奇,怪奇といってあたらないなら「不安」が描かれた作品があれやこれや現れてきます。直接間接を問わず,戦後の不条理文学やSF(この場合,Speculative Fictionと読みたい)の影響も無視できないでしょう。
このような作風の広がりによって,戦後~現在の怪奇小説は,オーソドックスと思わせて不条理,不条理と思わせてオーソドックスな怪異譚,と,あらゆる手段,手法で読み手の「安心」を揺るがすことが可能になっています。
ただ,あまりにも間口が広がったがゆえに,逆に一つひとつの作品の衝撃は弱まってしまう……ありていに言えば,読み手がスレてしまって,並みの展開では驚かなくなった,怖がらなくなった,それも昨今の特徴です。
その結果,角川ホラー文庫に代表されるこの10年あまりのモダンホラーは,こと恐怖という切り口においては,誰が何度味わっても総毛立つような原初的な恐怖,つまりスプラッターな惨劇や病魔,拘束,蟲といった生理的な恐怖の連発に走って,かつてのホラームービーへの先祖返りの傾向にある。……最近そんなふうに思えてなりません。
さて,まだ発売されていない『日本怪奇小説傑作集』の第3巻の収録作品の傾向はどうでしょうか。
(実は調べればすでに収録作品は公開されているのですが)誰の,どの作品が選ばれているのか,編者の趣味嗜好や出版社から予想して汗かいて「カイジ」ごっこ「アカギ」ごっこするのも一興。僕はこの編者ならあのあたりは避けてあっちのあたり中心じゃないかと思うのですけどね……。
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