オバケの本 その六 『日本怪奇小説傑作集(1)』 紀田順一郎, 東 雅夫 編 / 創元推理文庫
【お父さん,僕はどうしてこうして居るのでしょうか。お魚のようにではないでしょうか。】
怪談は,実話・体験談と,まったくの創作作品の2つに大きく分かれ……るわけではありません。
実話と思えば作り話,作り話と思えば体験談,体験談のはずが中国の古い志怪小説に元ネタあり,などなど,そも怪しい談というくらいですからこの世界の裏オモテは難しい。
『日本怪奇小説傑作集』は,海外ホラーファンには必須アイテムの一つ,同じ創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』(全5巻)の日本版を志向したという短編アンソロジー。明治期から現代まで,この百年あまりの怪奇小説を厳選した全3巻で,7月に第1巻,9月に第2巻,この調子なら第3巻も近日中の刊行が期待されます。
「小説」とあるので先の分類でいえば創作,作り話中心かと思われますが,開いてみればさにあらず,なかには実話・体験談も含まれています。つまり,本集において重要なのは,創作か否かではなく,作品が怪談,怪奇小説として(その時代を代表して)優れているかどうか,その一点につきるようです。
また,紀田順一郎,東雅夫という当代きってのこだわり派が練り上げた本集は,作品の選択において,一種独特な緊張感を有しています。
たとえば,明治期の作家として泉鏡花は絶対はずせない。だが,「 」や「 」を選んだのではありきたり過ぎて読書家の期待には応えられない。さりとて「 」では重厚過ぎて他の作家とバランスが悪い。……等々の逡巡,そしての説得力が言外にこもっており,それがこのラインナップに濃密な印象を与えているのです(「 」のスペースにはお好きな作品名をどうぞ)。
逆に……もし,鏡花の作品として「海異記」以外のものをあてはめたなら,その途端に八雲は「茶碗の中」でいいのか,その後ろは漱石,鴎外でいいのか,と再検討するハメに陥り,漱石の「蛇」を「夢十夜」に差し替えると内田百・「蓋頭子」を差し替えざるを得なくなり,そのうち春夫の「化物屋敷」,いや続巻にいたるまで収録作が入れ替わってしまう……。
優れたアンソロジーとはそうあるべきものでしょうし,『日本怪奇小説傑作集』が漂わせる気配はまさにそういうものです。ただ,欲をいうなら,そのようなピリピリした緊張感を読み手にまで強いるのはいかがなものか,またそれが3巻まで同じ精度で続けられるのか,そのあたりが少し気になるといえば気になります。
いずれにせよ,第1巻の収録作品一覧は以下のとおり。いかがでしょう。
日本怪奇小説の創始(紀田順一郎)
茶碗の中(小泉八雲)
海異記(泉鏡花)
蛇──「永日小品」より(夏目漱石)
蛇(森鴎外)
悪魔の舌(村山槐多)
人面疽(谷崎潤一郎)
黄夫人の手(大泉黒石)
妙な話(芥川龍之介)
蓋頭子(内田百・)
蟇の血(田中貢太郎)
後の日の童子(室生犀星)
木曾の旅人(岡本綺堂)
鏡地獄(江戸川乱歩)
銀簪(大佛次郎)
慰霊歌(川端康成)
難船小僧(夢野久作)
化物屋敷(佐藤春夫)
※森鴎外の「鴎」のヘンは「区」でなく「區」
この中では,たった3ページの掌品ながら,漱石の「蛇」が抜群でした。
滔々とあふれんばかりの水の音,そこにすっくと立つあやかしの声が野太い笛の音のようで,これが文豪のワザかとうならされます。それに並んだ鴎外の「蛇」は,残念ながら小理屈に落ちていただけませんでした。「蛇」で文豪を並べようという意図に,少しばかり無理があったのでは。
谷崎の「人面疽」は,直接淫蕩な場面が描かれているわけでもないのにたっぷりネイキッドな肌合いに満ち,ものすごく怖いはずの話が白粉の匂いに包み隠されているような,実にもう恐ろしい仕業になっています。そもそも,これをここで終わらせるか。非道。
夢野久作からは,どうしてこんな作品が選ばれたのでしょう。
2巻の解説で「難船小僧」のことが一種“引き合い”に出されていますが,そのためだとすると多少「ため」が過ぎるような気がします。角川文庫や現代教養文庫の夢野本の大半が絶版になって『ドグラ・マグラ』以外の入手が面倒になった今,彼の短編作品へのエントランスとしてなにもこんなガハガハとガサツな作品でなくてもよかったのでは。
川端の「慰霊歌」についても似たようなことがいえますが,こちらは逆にこのような珍品を発掘,展示したことを評価すべきでしょう。ただ,個人的にはこの方面(降霊など)はパス。
犀星の「後の日の童子」,何の,後の日なのか。
子供の幽霊の話は海外の怪奇小説アンソロジーにままみられますが,比べる要もない,青磁のような佳品です。そもそも本作を怪奇小説と言ってよいのかどうか。怪奇小説の定義は,妖怪や幽霊が登場すること,ではないでしょう。童子の去った後の蟲等に妖味は幽かに漂いますが,全体として決して奇怪ではありません。一行一行に,どこか遠くで静かに流れる涙があります。過剰に哀切をうたわず,ため息に留める。さりとて,絶望の深さは底知れず。……これが作家の個人的体験から出たというのなら,作家とはなんと哀しい生き物なのでしょうか。
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