オバケの本 その五 『闇夜に怪を語れば-百物語ホラー傑作選』 東 雅夫 編 / 角川ホラー文庫
【百すじの灯心はみな消されて,その座敷も真の闇となった。】
「百物語」といえば,ご承知のとおり──人々が集って次々に百の怪談を語り,語り終えるごとに用意した百本の灯心もしくは蝋燭の灯を一つずつ消していくと,最後の一灯が消えたところで怪異が現れる──というものですが,こちらはその「百物語」について,短編怪奇小説,対談,突入ルポ(!),お作法(!!),短歌(!!!)まで,総覧的に集めたアンソロジーです。
突入ルポといっても,当節ワイドショーふうのじゃらかしを想像してはいけません。なんと文豪・森鴎外が,破産寸前の大富豪が道楽に開催した「百物語」に赴き,その模様を語るのです。さらに,それが実際にいつ,どこで行われたものかを確定せんと当時の史料をあたり,その場で配られた弁当まで調べ上げた森銑三のレポートまでそえて,編者・東雅夫の意気込みや並々ならぬものがあります。
ただ,いかんせんテーマが限定的だけに,一冊の書籍としてのふくらみにはやや欠ける印象あり。畢竟,「百物語という催しで語られる怪談」ではなく「百物語なる催し」そのものに着目する以上,変格はともかく,正攻法の落としとしては「百物語に招かれていったら,何かが起こった」「何も起こらなかった」,そのどちらかしかないのですから。
(もっとも,鴎外のルポは,そのどちらでもありません。気になる方は「青空文庫」のこちらをどうぞ。)
テーマをしぼったことによる窮屈さは,収録作品のタイトルをご覧いただいただけでもある程度おわかりいただけるのではないかと思います。
新説「百物語」談義(京極夏彦&東雅夫)
蜘蛛(遠藤周作)
暴風雨の夜(小酒井不木)
露萩(泉鏡花)
怪談会(水野葉舟)
怪談(畑耕一)
怪談(福澤徹三)
怪談(杉浦日向子)
百物語(仙波龍英)
百物語(森鴎外)
森鴎外の「百物語」(森銑三)
百物語(岡本綺堂)
百物語(都筑道夫)
百物語(高橋克彦)
百物語(阿刀田高)
百物語(花田清輝)
百物語異聞(倉阪鬼一郎)
岡山は毎晩が百物語(岩井志麻子)
贈り物(若竹七海)
鏡(村上春樹)
百物語という呪い(東雅夫)
※鴎外の「鴎」のヘンは「区」でなく「區」
実にもう,著者名がバラエティに富んでいるだけに,閉塞感というか,なんともツラいものがありますね。
細かいことを二,三。
タイトルだけみても,岩井志麻子が相当に「強い」作家であることがうかがえます。そして,実際に,強いのです。
概して怖くない話,こしらえた話の多い本書の中で,ほとんど唯一直截に恐ろしいのが「岡山は毎晩が百物語」のラスト数行でしょう。鋭利な刃物で裂くのでなく,生皮も荒い丸太を無理やり腹に突き込まれるような怖さ。
最近亡くなった杉浦日向子,「その『百物語』の正しい方式をきちんと書いた本が少ないようですので,ここで,正調・百物語をおさらいいたします」などと相変わらず出典も明記せず,どこが正調なのかわかりません(まあ,ここで書かれているのは,だいたいは浅井了意の「伽婢子」からの引用なんですけれども)。いいじゃないですか,ねえ,蝋燭を一本ずつ消す,程度のルールだって。公式なやり方でないとオフィシャルなオバケが現れない,というわけでもないでしょうし。
森鴎外にせよ,遠藤周作にせよ,都筑道夫にせよ,「百物語」に招かれた作中の語り手がこぞって「け,しようもない」とばかりハスに構えているのが不思議です。ムキになるだけ,余計に青い感じがするのに。祭りにオバケ屋敷が出れば女,子どももろとも飛び入り,「うお」「わあ」と声を上げるくらいでいいじゃないですか。文士の皆さんつまらんところで武張っているなぁ,というのが正直なところです。
そういえば,「百物語」をテーマにさまざまなジャンルからアンソロジーを組むのなら,マンガにもよくできた作品があっただろうに,という気がします。楳図かずお,高橋葉介,三山のぼる……「怪談集」程度の意味で「百物語」をタイトルに付しているものは除くとしても,探せばもう少しありそうです。
さらに本書からはずれますが,手塚治虫の中篇に『百物語』という作品がありました。
『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』などの子供向けマンガと,『きりひと賛歌』『奇子』などの大人向けマンガのちょうど中間あたりに位置する作風です。
主人公,一塁半里はお家騒動に巻き込まれて腹を切るはめに陥り,それを助けた魔女のスダマが,死後の魂と引き換えに3つの願いをかなえてくれる,というもの。もう一度たっぷりと人生をすごすこと,天下一の美女を手に入れること,一国一城の主になること,その3つの願いをかなえるため,一塁は不破臼人という美青年に生まれ変わって戦国の世に挑みます……。
一読おわかりのように,この設定はゲーテの『ファウスト』にほかなりません(主人公の名前,一塁はファースト,半里はハインリッヒの略,不破臼人もフワウストですね)。手塚は『ファウスト』という作品がことのほかお気に召していたようで,彼の作品中,中長編だけでも初期の『ファウスト』,この『百物語』,そして遺作の『ネオ・ファウスト』がファウストとメフィストフェレスの契約をモチーフとしています(思えば,モブシーンの多い手塚作品を俯瞰して見れば,いずれもなんと「ワルプルギスの夜」的だったことでしょう)。
それはさておき……実は,なぜこの『百物語』のタイトルが『百物語』なのかは,説明がつきません。ストーリー中にスダマをはじめとする妖怪たちが登場するというだけで,最初から最後まで,一度も人々が集まって怪を語れば怪を招くという「百物語」の催しはかかわってこないのです。
手塚本人のアイデアの中では,もっと「百物語」にあたるイベントが用意されていたのでしょうか。それとも単に武士の時代,妖怪も登場,という程度の意識でつけたタイトルだったのでしょうか。何か資料が残っているなら,そのあたり確認したいものです。
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