オバケの本 その十 『夢みる妖虫たち 妖異繚乱』 川端邦由 編 / 北宋社
【人はこれを虫袋と呼んで恐怖する。】
ふと。
密室トリック,鉄道アリバイ,吸血鬼ホラーなど,世にアンソロジーさまざまに競う中で,「虫」にテーマを限定したホラーアンソロジーを読んだ記憶がないことに思いいたりました。
「虫」の登場する怪奇小説が少ないとは思えません。つまらないとも思えません。十分面白い(気持ち悪い)アンソロジーが組めそうな気がするのですが……。
一つに,「なぜか突然大発生,ウゴウゴ人を襲う」パニックものが主流で,長編が多いということがあるかもしれません。
しかし,虫の怖さ,気持ち悪さは,たくさんわらわらという現れ方以外にもいろいろあるはずです。
たとえば,毒。あるいは蝶や蛾の鱗粉への生理的嫌悪。もしくは虫の側に悪意(?)はなくとも,ぶちぶちと踏んでしまう気色悪さ。
探してみたところ,北宋社に『夢見る妖虫たち』というアンソロジーがあることがわかりました。収録作品は
I 羽化(メタモルフォーズ)するもの
妖蝶記(香山滋)
タマゴアゲハのいる里(筒井康隆)
蝉(登史草兵)
雨祭(森内俊雄)
虫づくし(新井紫都子)
II 人を壊(やぶ)る
泰皮(とねりこ)の木(M・R・ジェイムズ,紀田順一郎訳)
蜂ガ谷庄(岡本好古)
いも虫(E・F・ベンスン,平井呈一訳)
復讐(ジャン・レイ,榊原晃三訳)
羽根枕(オラシオ・キローガ,安藤哲行訳)
解題 地より湧きでるものたちの夢(さたな きあ)
という具合で,不勉強にして初めて聞く作家も何人かいますが,なかなか力瘤のうかがえる顔ぶれではないでしょうか。
ただ,全体にホラー,怪奇というよりは「幻想文学の素材に虫が出てくる」印象の作品が少なくない。
前半「羽化するもの」に顕著で,筒井康隆「タマゴアゲハのいる里」にしても,期待した崩落感や底なしに黒いギャグはありません。登史草兵「蝉」に出てくる虫は蝉1匹。どちらかといえばその蝉より,ほかのあるモノのほうが妖怪めいて段違いに恐ろしい。森内俊雄「雨祭」も非常にいやな話ではありますが,虫より主人公が直面する不条理な状況,言動のほうに恐怖があります。
唯一,新井紫都子「虫づくし」こそは正面から虫に挑んだ作品で,個々の虫の描写には透徹した存在感があります。ただ,これだけ密度が高いと,もはや散文詩の領域で,息を止めて数ページが限界,これ以上長いと何か別の縦糸をもってこないと読み切るのがつらいでしょう。
一方,いよいよ(?)虫が暴れまわる後半「人を壊る」ですが……それぞれ短編小説としては無駄なく緊張感あふれるものばかりですが,こと「虫」の異様さ,気持ち悪さが全面的に描かれているかというと,どうも少し物足りません。
E・F・ベンスン「いも虫」に登場するいも虫は,ある同音異義語を持ち出すために描かれており,ホラーとしては秀逸ですが,蝶や蛾の幼虫の生態としては少し無理を感じます(なお,この同音異義語は阿刀田高も作品中で扱っていました)。ジャン・レイ「復讐」では,虫はその他大勢の役どころ。オラシオ・キローガの「羽根枕」でようやく間違っても触りたくない虫が登場しますが,この作品では逆に虫以外の怖さがもの足りません(ほんの6ページの掌編とはいえ,被害者の若妻,その夫,医者や女中にいずれも影がなさすぎます。少なくとも夫はもっとエキセントリックであってほしかった)。
本アンソロジーで,「この味付けがやや弱い」と思われたのは,先にも触れた虫の怖さのさらにもう1つ別の側面,小さいがゆえにヒトの体内に入り込んでしまう,あのおぞましさです。
たとえば人の皮膚に卵が産みつけられ,孵った幼虫がうごめくのが透かして見える,などという話の気持ち悪さ。あるいは血管を通して脳に入り込む寄生虫のなんともいえない薄気味悪さ。
もし僕が「虫」をテーマにアンソロジーを編むなら,ぜひとも収録したい作品をいくつかあげておきましょう。とくに最初の2編は,「虫」に対する生理的嫌悪抜きに,ホラー短編としても絶品です。入手が難しい本もありますが,機会がありましたらぜひご一読ください。そして食欲をなくしてください。
埋葬虫(津原泰水)
反乱(村田 基)
虫愛づる老婆(草上 仁)
長編では『孤虫症』(真梨幸子)が注目です。
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