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2005/09/24

オバケの本 その一 『日本妖怪変化史』 江馬 務 / 中公文庫BIBLIO

822【これが実在しょうがせまいが,かくのごとき枝葉の穿鑿は無用のことで,過去において吾人の祖先がこれをいかに見たか,これを実見していかなる態度を取りこれに対したかをありのまま,毫もその間に仮作の凜入なく材料を蒐集して組織的に編纂すれば風俗史家の能事を終れりとすべきである。】

 これぞまさしく認識体系を再調整し,火照った頭を鎮静化してくれる好著。
 1976年に文庫化されたあと,久しく品切になっていたのですが,昨年,装いも新たに「中公文庫BIBLIO」の1巻として復刊されました。

 もともとは著者江馬務の本業たる風俗史研究の一環として,さまざまな妖怪変化を,古今の膨大な資料から掬い上げ,通覧しようとしたもの。
 文庫,モノクロという制限はありますが,豊富な図版も魅力的です。ひまむしょ入道や山地々,雛の僧など,あまりメジャーでない妖怪変化のぬらくらした図版がなんとも言い難い妙味をかもし出しています(京極堂でおなじみの鉄鼠やのっぺらぼうも図入りで紹介されています。その他,いろいろなホラー作家の元ネタが本書ないし本書の系譜から得られていることがうかがえます)。

 しかし,本書の一番の魅力は,そういった妖怪変化の羅列,いわば「オバケ図鑑」にあるわけではありません。

 「八百万(やおよろず)の神」「百鬼夜行」「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」「百物語」などの言葉に示されているように,この国では神やオバケは「たくさん」「いろいろ」いるもの,現れるもの,とされてきました。狐や獺(かわうそ)や河童,鬼や鵺(ぬえ)やろくろっ首……つまり,野や川や市中に偏在,点在するのです。そのためか,古今のオバケ本では,(悪くいうと)ともかくいろいろなオバケを列挙し,それぞれを漫然と論評するような作りが少なくありません。

 それに対し,本書『日本妖怪変化史』は,柳田國男以前の大正十二年に書かれたにもかかわらず,極めて冷静に,妖怪変化をその「容姿」から細かく分類し,位置付けを明確にしています。

 「妖怪」は得体の知れない不思議なもの,「変化」はあるものが外観的にその正体を変えたものと解したらよいであろう。

どうでしょう,これは当たり前のようでその実いまだ新鮮な指摘であり,なんというか目を洗われるような気がします。著者はこの視点に立脚して「妖怪変化」をその「本体」から明哲な系統樹にちゃきちゃきと割り振っていきます。
(見開きページに系統樹として掲載されたものなので少しわかりにくいかもしれませんが,妖怪変化の全体を「変化」と「妖怪」に分け,「変化」はそれぞれ「人間」「動物」「植物 器物」に,「人間」は「現世的」「来世的」,「現世的」は「精神的」「具象的」……,また「妖怪」は「単独的容姿」と「複合的容姿」に,……といった按配。)

 のちに柳田國男も妖怪を分類しましたが,その大項目はたとえば
   山の怪
   道の怪
   木の怪
   水の怪
    :
   動物の怪
といった具合でした。江馬分類のほうに格段に妖怪変化そのものをきちんと切り分けようとする意思を感じます。

 たとえるなら,骨董の焼き物について,「皿か壺か」「陶器か磁器か」とストレートに用途や製法から仕分けようとしたのが江馬流,「織部か古九谷か」「窯変が綺麗寂が」とそのものの由来や品質にこだわったのが柳田流でしょうか。前者は学者のやり方であり,後者は蒐集家のやり方,という気がします。
 どちらがよい悪いの話ではありません。ただ,現代科学にはそぐわない素材だけに,後者に傾いた流れは留めがたく,柳田以降のオバケ研究は,フィールドワークを重視する民俗学の手法にのっとって,まずともかく用例をかき集め,フラットに並べる作業工程に偏ってしまったように思われてなりません。……門外漢がこうまで言い切るのも無茶とは思いますが,つまりはそんな印象です。
(妖怪変化の分類に努めた本書が,コレクションとしても魅力的なのは皮肉といえば皮肉です。)

 本書に図版が豊富なのは,著者のビジュアル嗜好ゆえではなく,妖怪変化の「容姿」を分類する資料として,リアルな図版がまたとない典拠となっているためではないでしょうか。この分類,分析への理性的な意志ゆえに,本書は本来おどろな怪異を語りながら,芯からすがしくなるような読み心地を提供してくれています。

 本書は,最近の文庫本としてはやや薄手で,そのうち本編「日本妖怪変化史」はさらに120ページ程度にすぎません。にもかかわらず,大部の冊子を読み終えたような手応えがあるのは,文章に無駄がなく,短い中に妖怪変化が一つひとつ端的に紹介されていること,さらに加えて,函をきちんと見立て,類の中から典型を選ぶ目があれば,ボリュームなくともより多くを語れるからではないでしょうか。
 私たちも本書の理知的な精神を糧に,ただ脈絡なく右往左往堂々巡るばかりの妖怪談義は慎み,冷静な目と耳をもって妖怪変化を語りたいものです。……って,別にみんなしてオバケを論じなくたっていいっちゃいいんですが。

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