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2005/09/15

あなたは試す 読み手を 『長い道』 こうの史代 / 双葉社(ACTION COMICS)

982【荘介どの それを見てごらん】 ← 「早春の怪談」の一場面。そこらのホラー小説よりこわやこわや……

 ある種のことに妙に勘のよい家人が,こうの史代の作品を一切受け付けない。面白いから,といつものオススメ棚に置いておいても,なんだか,とすぐに返してくる。
 その心持ちや,わからないでもない。被爆の悲哀を棍棒で殴るように描いた前作『夕凪の街 桜の国』はおろか,「のほほん」をうたいにお気楽な夫婦を描いた(ように見える)本作『長い道』にさえ,なにやら,よほど怖いものがある。

 「家族」ではなく「夫婦」を描いたコミック作品はそう多くはない。
 とくに4コマからせいぜい数ページのギャグで展開するものとして,著名なものなると
   坂田靖子『チューくんとハイちゃん』
   秋月りす『奥さま進化論』『ミドリさん-あねさんBEAT!!』
   森下裕美『ここだけのふたり!!』
   みつはしちかこ『ハーイあっこです』(初期)
   業田良家『自虐の詩』
   安野モヨコ『監督不行届』
くらいしか思い浮かばない。

 『長い道』は,ギャグマンガでありながら,これらとはどこか違う。表層的なところでなく,根っこから違う。
 『チューくんとハイちゃん』や『ここだけのふたり!!』では──あるいは『自虐の詩』においてさえ──夫婦は(どのように出会い,どうして結婚にいたったかを問わず)今日も明日も夫婦であることが約束されている。それがゲームの基本ルールなのである。
 『長い道』の荘介と道には,そんなルールへのキマジメさがぽっかり欠落している。
 なにしろ一人暮らしの荘介の前に突然現れた道は,酒の場で,父親によって,荘介の父親に嫁としてタダで受け渡されてしまったというのである。貰い子でなくて貰い嫁。人身売買より軽い。

 荘介は,「派手で金持ちでいつもつんけん怒っている女」好きでギャンブル好きで失業好き(?)のゴクツブシである。心の底では道を愛しながら……などというおためごかしでは説明つかないことも二度三度しでかしてしまう。荘介は一個の成人である。高校生の諸星あたるがラム以外の宇宙人や女医を追いかけるのとはわけが違う。
 かたや道のほうも,ノー天気な風情の下に一筋縄でいかないものを抱く。彼女が荘介のところにきた理由は,その町に彼女の思い人がいたからである。もし,荘介に本当に思い合う相手がいたら,彼女の登場はいかなる意味をもっただろう。もし物語の途中でほかの誰かが道を求めたら,それでも彼女は荘介を選んだのだろうか。

 夫婦マンガの大半は,登場人物が夫婦であることを前提としながら,決して夫婦間のセックスを話題としない。『長い道』が,二人のセックスレスを語り,酒の勢いでのセックスを描き,キスシーンで終わるのはゆえなきことではない。キスはセックスより難度が高い。荘介と道は,連載が終わった時点にいたってすら,まだ十分に約束された夫婦とはいえないのだ。書類上は夫婦であっても2人の間は恋愛関係というも危うく,同棲という言葉さえ似合わない。
 本作は,その2人が,夫婦マンガの登場人物として描かれてよいか否か,それを試すような不安定かつアンバランスな時期を描いて描いて描いて唐突に終わってしまう。逆説的にいえば,夫婦と言いづらい2人を描いたこの作品のみが,正しく夫婦を描いたマンガなのかもしれない。

 『長い道』のもう一つの特徴として,各話,各コマが,さながらギャグマンガの一大実験場と化していることがある。全盛期の赤塚不二夫や『カスミ伝』等における唐沢なをきに匹敵する(一度や二度読んだ程度では気がつかないほどの)大小の挑戦が,むしろクラシカルな,60年代を想起させる絵柄でなされているのだ。
 この作者は,アマチュアなのだな,という気がする。悪い意味でのことではない。また,原稿による収入の多寡,テクニックの巧劣についてでもない(テクニックについては,こうの史代はそこらのベテランプロより格段に巧い)。プロというものが生活の糧として職業を選び,そこに安住できることをひとつの指標とするのに比べ,この作者は決してひとつの作品,ひとつのコマに安住しようとしない。
 前衛的というのともまた違う。当人の衝動が,新しい工夫や実験を勝手に誘発するのである。世界に名だたる登山家たちが本質的にアマチュアだった,そんなあり方に近いかもしれない。

 いかにも私小説ふうなさまざまなシチュエーションと,凝りに凝ったアクロバティックなギャグ技法が,自分のしっぽを食うヤマタノオロチのように複雑な入れ子になって区別がつかない。『夕凪の街 桜の国』は単に登場人物の悲惨ゆえに読み手を引き込む作品ではなかったが,本作においても,おそらく作品を見せる以外に説明のしようのない効果が読み手の「時間」の色合いを変える。

 それがこの作者の(深い淵の前でつい本気のケンカをしてしまうような)底知れぬ怖さである。
 その力は読み手に「参加」を求める。読み流すことができない。流すくらいなら読み飛ばすほうがまし。ギャグマンガにそのような読み方が妥当とは思えないし,もっと「のほほん」,「ほのぼの」とすましてしまえばよいのかもしれない。しかし,そのようにすますことができない。すませられないのが魅力でもある。
 「のほほん」をキャッチフレーズとするギャグマンガと,あれほどツラい思いに読み手を押し沈める『夕凪の街 桜の国』が,ほとんど同じタッチ,同じ読み応えであるというのはいかなることか。
 ……考えてもおよそ答えに近づきそうにないので,同じ作者のもう少しは気楽に読める『ぴっぴら帳』に手を伸ばし,ソファの上でまた「く」の字になる。

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