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2005/05/14

『失踪日記』 吾妻ひでお / イースト・プレス

245【ダイコンの皮を厚くむくと甘口,薄くむくと辛口の食事になる】

 このところ,新聞の書評欄をにぎわすような,いわば文化人ウケするマンガの単行本が続いて上梓されている。

 その1冊『失踪日記』は,あの“ビッグ・マイナー”吾妻ひでおが,漫画家生活から突然逃亡,自殺をくわだて,そのまま文字どおりの浮浪者生活にうずくまるように滑り落ち,いったんは復帰したものの,配管工の肉体労働からアルコール中毒,強制入院にいたる経緯を淡々と綴った(しいて分類すれば)ギャグマンガである。
 巻末のとり・みきとの対談によれば「全部実話」とのことだが,確かにしのつく雨の中,むしろと穴だらけのシートで眠ってみないとわからないような生活観が全ページに満ち溢れている。
 ただし,当人の弁を鵜呑みにするのは剣呑だ。彼はSFやシュルレアリスム的な手法をもって,ありとあらゆるあり得ない状況をリアルに描いてみせた,現象写生のスペシャリストなのだ。

 『失踪日記』のタッチは従来の作品と同等かそれ以上に淡白で,1巻30篇にわたり,均等な距離から透徹して己を見る目はいってみれば冷静な観察眼のようだ。
 同じ逃避でありながら,親の庇護のもとにひきこもる若者たちとのなんという違いだろう。彼は雨に打たれ,ゴミをあさり,他のホームレスの住まいから酒粕を盗む誘惑に葛藤する。かつて連載作品がヒットし,テレビアニメの原作となった等,マンガ家として脚光を浴びた時代があったということなど抜きに,ここには流水に洗われた木片のように生活の確かな手ごたえがある。

 メジャー誌で活躍当時の吾妻ひでおについて語るのは難しい。
 吾妻ひでおの作品をギャグと思えたことは一度もない。少なくとも笑った記憶がない。
 好きな作家かと言われれば,どうか。家のあちらこちらに,片付けるのを忘れたかのように彼の単行本が落ちており,ときどき手にとるのだが,1冊を通して読むのはとてもつらい。
 吾妻ひでおの描く美少女はちょっと比較するものが思い浮かばないほど魅力的である。魅力的ではあるのだが,作中に登場する美少女はすべて彼のものなのでちっとも楽しくない。
 吾妻ひでおに一見似たギャグマンガ家にとり・みきがいるが,吾妻ひでおに比べれば格段にペンを持つ手が長い印象がある。胸から原稿までに距離があるのだ。吾妻ひでおはそのぶん読むのがつらい。とり・みきは楽に読めるが読まないでも平気だ。

 『失踪日記』が外から己を観ているなら,内側,内臓の陰に身をひそめて己を見つめ,培養された粘液で1日を記録した作品が「夜の魚」で,これは太田出版の芸術漫画叢書(!)の『夜の魚』で読むことができる。
 この「夜の魚」は,つげ義春の「ねじ式」,岡田史子「墓地へゆく道」と並ぶ短編コミックの最高峰(もしくは最深溝)の1つではないかと思う。吾妻ひでおをもってしてもこの水準を維持するのは難しかったらしく,続編と思われる「笑わない魚」では格段に緊張感が喪われている。それどころか,コマのコマを結びつけるツジツマが──このような不条理な幻想譚にツジツマもないものだが──あちらこちらほころびてしまっている。

 1992年9月発行の『夜の魚』には「書き下ろし新作」として「夜を歩く」が掲載されている。これが『失踪日記』の第1話にあたることから,この時期が最初のホームレスからの復帰時期かと思われる。

 『失踪日記』には警察に保護された際,たまたまファンの警察官がおり,「先生ほどの人がなぜこんな……」と色紙にサインをねだるシーンがあるが,実のところ,「なぜこんな……」という感慨はおかしい。
 ある種の表現者がこのような状況に陥るのはごく自然なことで,異とするにはあたらない。
 継続できてしまうことのほうがよほど問題なのだ。

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