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2005/03/07

a centenary 『名短篇』 荒川洋治編集長 / 新潮社

354【「新潮」百年の年表を眺めると,読みたいものが,次々に見つかる。楽しみだ。これからも百年に会える。】

 ここ十年二十年で有難みの薄れたものに,プロ野球の四番,大臣の肩書,芥川賞の価値がある。
 野球の首位打者や大物政治家はまだその世界内で多少は大切にされているようだが,芥川賞の地盤沈下は深刻だ。

 そもそも「文学で身を立てる」という考え方が今ではすっかり喪われてしまった。もちろん平成の現代だってベストセラー小説はある。だが,そこでは,作家の技量や生き様といった裏付けなど誰にも求められていない。極端な話,十台の若者が十冊二十冊本を読み,ちょっぴり風変わりなストーリーを書き上げれればそれで十分なのである。作者は美人か,何か話題付きならさらに言うことなし。映画かTVドラマの原作になってヒットすればそれで「あがり」である。それ以上をいったい誰が期待しているだろう。

 過去十数年の芥川賞受賞作家をほとんど知らない読書家は不勉強だろうか。誰が受賞するかとハラハラしたり,受賞作の掲載された文藝春秋を買いに走ったりする必要がまるで感じられない。『蹴りたい背中』や『蛇にピアス』を読んでいないことで何か問題はあるだろうか……?

 さて,『名短篇』は,「新潮創刊一〇〇周年記念 通巻一二〇〇号記念」と銘打ち,文芸誌「新潮」に掲載された過去の名品佳品を三十八篇選んで掲載したものである。

 その大半は「文学で身を立てる」ことにまだ大いに意義のあった時代の作品だ。作家名からして大変である。森鴎外,島崎藤村,荒畑寒村,志賀直哉,正宗白鳥,葛西善蔵,宇野浩二,徳田秋声……。文学史の教材でよく見かけたが,実作は一度も手にしたことのない小説家がわらりわらりと並んでいる。梅崎春生,椎名麟三,深沢七郎,安岡章太郎,色川武大あたりになるととぼけた味も加わってかなり現代的だ(梅崎の『幻化』なんて大好きだった。椎名,安岡は沢山読んだけれど,正直言ってよくわからなかった……)。

 古い作家の文章となると,当たり前のことかもしれないが,漢字の率が高い。

  富津行の荷物,其他上総通ひの客を載せて横浜を出発した帆船は実に快く走つた。

 これは藤村の「海岸」という作品の冒頭のなんということもない一節だが,実に漢字が多い。とくに現代と異なる言葉遣いでもないのに,何故だろう。
 そういえば,ファーストネームで呼称される作家とそうでない作家の違いも気になる。漱石,鴎外,藤村,白鳥はOKで,龍之介,直哉,健三郎はNG。時代の違いだけでもなさそうだ。

 本書には,三十八の短篇のほか,「名長篇──新潮が生んだ四十作」というコラムが織り込まれている。この顔ぶれがまた凄い。

  太宰治『斜陽』
  川端康成『みずうみ』『眠れる美女』
  檀一雄『火宅の人』
  三島由紀夫『金閣寺』『豊饒の海』
  伊藤整『氾濫』
  大江健三郎『遅れてきた青年』
  北杜夫『楡家の人々』
  井伏鱒二『黒い雨』
  吉行淳之介『夕暮れまで』
  ……

 これだけでやはり文学史の教材が組めてしまいそうだ。

 逆に,これだけの重みが現在の「新潮」誌にあるかと問えば,果たしてどうか。名短篇として選ばれた最も新しい作家は町田康。ところが新しいほうから二人目,三人目がもう瀬戸内寂聴,小川国夫である。続いて三浦哲郎,河野多恵子,大江健三郎。
 長篇も,小川洋子『博士の愛した数式』,水村美苗『本格小説』,村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』と今ふう路線の奮闘は否定しないが,いずれも単行本から話題になった印象で,「新潮」という雑誌のイメージは薄い。

 「新潮」一誌に限らない。これから,文学はただ希薄な,「ベストセラー」の中の一ジャンルになってしまうのか,それとも何か新しいものとして再生はあり得るのか。

 本書に掲載された作品の,のびやかで巧みな文章,一瞬で克明に人生を切り抜くような鉈の業に驚嘆しつつも,それが今後そのまま踏襲されるとはとても思えない。その当時と現代とでは,人の抱える荷物が違う。荷物に刻まれる時間の尺度が違う。だから,面白い,やっぱり凄い,と驚嘆しつつも,一晩に一作かそこらしか読むことができない。短篇なのに途中で投げ出してしまったものもある。

 もちろん,過去の名品を伝統工芸品のように扱うことが「文学」への正しい対処とは思えない。
 このあたりは,いつか……正面から考える日が来るだろうか。それとも。

 最後に。
 もう三十年ばかり昔のことになるが,本書の編者である荒川洋治先生に小品を褒めていただいたことがある。それも,絶賛と言ってよい評価だった。結局そちらの道には進まなかったが,今もその折りの先生の言葉は心のつっかえ棒の1本とさせていただいている。

 もう一つ。百周年で通巻一二〇〇号というのは,さりげない表記だが大変なことだ。
 戦時中も含めて,百年にわたり,一号も欠かさず毎月発行されたということだ。これがどれほどのことか……。試しに十年,通巻一二〇号ばかり継続してみればよい。

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