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2005年2月の4件の記事

2005/02/28

fall in 『てんから』 かまたきみこ / 朝日ソノラマ 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス

577【少し田舎へ行きますが── 来てくれますね?】

 かまたきみこが,なぜ,「降りる」シーンにこれほどまでにこだわるのかはよくわからない。

 ベランダやバルコニー,橋の欄干など,高さを示す構造物が作品中にあふれ,多くの登場人物がその高みから「降りる」者として描かれる『クレメンテ商会』。
 あらゆる都市が海中に沈んだ時代,人類の思い出を求めて水底に潜るシーン満載の『深海蒐集人』。

 そして初の短編集『てんから』は,文字どおり「天から」降る話である。
 何が,何故,降るのか。それをここで語ってしまうのは興覚めというものだろう。

 表題作のほか,IT産業の取締役兼開発室長が急死して,自身が開発したコンピュータ上のサイバー墓地(お墓参りソフト)に転生して,という話。
 観葉植物が人の会話を記憶することを盗聴に利用する諜報組織が,あるとき,という話。などなど。

 収録5作,奇想にあふれてはいるが,いずれも恋,もしくは恋のようなものの話である。
 ある思いはむくわれ,ある者はむくわれない。むくわれない物語が実のところハッピーエンドで,ハッピーエンドはアンハッピーエンドよりよほど寂しいものだったりもする。

 かまたきみこの作品の多くは,30年前なら「SF」という枠でもっとすっきり語られたかもしれない。奇想については「SF」であることで「そのようなもの」とスルーしてしまう。そして,たとえばあの当時多くのSFファンを魅了した「タンポポ娘」(ロバート・F・ヤング)のように,ただ切なさに打たれればよい。

 『てんから』に収録された作品たちは,「タンポポ娘」がそうであったように,作品として優れているかそうでないか以前に,ただ,はるかな高みから読み手を「恋」に突き落とす。
 そして多くの片恋がそうであるように,恋に落ちた者は,ただ,『てんから』を前に願うように祈るように,見つめ,待つしかない。

 「ええ3日おきですわ 愛されてますわね」

 ……収録作の1つ,「エンセル」の登場人物の言葉である。
 このようなセリフをこのようなシチュエーションでそっけなく語らせることができるのは,ほとんど神業といってよい。だとするなら,かまたきみこは,まぎれもなく創造の神に愛されているのだ。

2005/02/21

小学生向け科学マンガ誌の熾烈な争い 『かがくる』 vs. 『そーなんだ!』

543 『クラシック・イン』のように,テーマやページ構成を限定した週刊誌あるいは隔週誌のことを「ワンテーママガジン」というそうです(ただし,この名称には,1冊ごとにテーマが異なる場合と,同一のテーマでシリーズ化される場合があり,必ずしも厳密な定義に基づくとはいえないようです)。

 それはともかく,A4サイズのワンテーママガジンの世界で,今年になってちょっとした熱いバトルが繰り広げられています。それは,小学生向け科学マンガ誌,『そーなんだ!』と後発の『かがくる』の覇権をめぐる争いです。

 『マンガでわかる不思議の科学 そーなんだ!』は,ワンテーママガジンの手法をビジネス的に確立したといわれるデアゴスティーニ社の週刊誌で,小学生高学年(おそらく)を対象に毎号6つの科学テーマをマンガで紹介するというもの。テレビ東京系列ではアニメ放映もされています。
 『そーなんだ!』は3年間ほど刊行されたのち,しばらく休止状態だったのですが,今年になって改訂版が発行され始めました。

 一方,『なんでもわかるビックリ科学誌 週刊かがくる』は,やはりワンテーママガジンを長年手がけてきた朝日新聞社の刊行で,A4変型オールカラー,本文32ページという体裁まで,『そーなんだ!』そっくりです。

 『そーなんだ!』(改訂版)と『かがくる』は今年の1月にほぼ同時に創刊され,定価はいずれも490円。ただし,『そーなんだ!』は創刊号特別定価100円(創刊2号は240円で付録に専用バインダー付き),『かがくる』は創刊号サービス定価240円となっています。
 創刊にあたっての値引き合戦ではデアゴスティーニが二歩ばかり先を行っている感じですが,肝心の内容はどうでしょう。……これはもう,申し訳ないけれど明らかに『かがくる』の負け! と感じました。

 先に書いたとおり,2誌の体裁はほぼ同じ,テーマや対象年齢もだいたい同じように見えます。
 しかし,『かがくる』は,いくつかの点で非常に読みづらく,我が家では早々に子供たちからも「次の号からいらない」とNGが出てしまいました。

 まず,『かがくる』では,マンガのキャラクターは登場はするのですが,コマ割りマンガとして読ませるつもりなのか,ただのグラビアの飾りなのかはっきりしません。見開きの写真やCGでグラビア的に説明しようとするページが少なくなく,それらはけっしてわかりやすいとはいえないのです。
 また,いかにも雑誌ふうに,大きなテーマ,小さなテーマにページが分かれているのですが(『そーなんだ!』は各号,各テーマの重み付けをまったく同じにしている),その是非は別として,よく読むとそれらのテーマがいずれもつまみ食いのレベルを出ず,要するに科学の話題として「なぜそうなるのか」が非常にわかりにくいのです。

 たとえば『かがくる』の創刊号では,タイムマシンという大ネタに6ページを費やしているのですが,どうやったら過去に戻れるかという一番気になる問題については「ワームホールをくぐれば過去へ行ける!」の一点張りで,これでは大人にもわけがわかりません(それなのに,タイムマシンの登場する映画や小説の紹介に1ページ割くのは無茶というものでしょう)。
 もちろん,タイムマシンの理論はたいへん難しいもので,小学生に理解させるのが困難なのはわかります。ただ,それならそのようなテーマは選ぶべきではなかったでしょうし,選ぶなら選ぶで,もっとほかに扱い方はあったはずです。

 もう1つ例を挙げましょう。『かがくる』創刊号の最後には「やってみよう!かがくるマジック」と称して「リンゴにささるふしぎなストロー」,つまりストローの口を親指でしっかりふさげばリンゴに突き刺さる,という現象が扱われています。しかし,ここでもその理由,理論の解説はあっさりしたもので,「子供向け科学誌ではそこがキモでしょう!?」と思われるところがなんだかおざなりなのです。

 『かがくる』の『そーなんだ!』に対するアドバンテージは,カラフルで綺麗な写真が少なからず使われていることがありますが,それでもチープな二線級マンガ家の手による『そーなんだ!』にまったくかなわない感じがするのは,『そーなんだ!』は決して読者を“子供扱い”せず,難しいテーマでも無骨なまでに理屈をゼロから説こうとしているからではないかと思います。
 そのため,『そーなんだ!』は時に大人が読んでも理解に苦労するような難しい内容が登場することもあります。しかし,それが科学の真実なのであり,写真やギャグでお茶を濁すよりは格段によいように思います。子供たちに本当に与えたいのは,わかったような気にさせる子供だましではないのですから。

 もちろん,『かがくる』はこれから内容,水準を調整,改善してくることでしょう。しかし,『そーなんだ!』は,3年ほど前の創刊時以来,不思議なほど品質が一定していること,つまり発刊前に相当にテーマや難易度を練り込んだフシがあることも付け加えておきたいと思います。

2005/02/14

「棚をあけておけといったろ」「ぎゃぼーっ」 『CDつきマガジン クラシック・イン(全50巻)』 小学館

999 薄手で大判,コーティングの綺麗なカラー印刷をウリにした雑誌には,以前から美術,歴史,旅行・建造物,科学・医学などさまざまなテーマのものがありました。
 最近小学館から発刊された『クラシック・イン』は12cm音楽CDつきの雑誌……というより,2週間に1枚,980円でクラシックのCDが発売されて,それにA4変型20ページのカラフルなブックレットがついてくる,そう言ったほうがわかりやすいでしょう。
 新聞日曜版の1面広告などでよく「魅惑のクラシック全集」とかいって通販されている,あれの隔週バラ売りです。

 全50巻の内容はこちらに紹介されています。
 全体的に宗教色の濃くない(もちろん時代的に宗教曲がないわけではありませんが,「レクイエム」とか「ミサ曲」といった曲名は表向き1曲もありません),また比較すれば若干近代寄りの選曲のように思われます。たとえばバッハやヘンデルはドヴォルザークやストラヴィンスキーより扱いが小さい,ガーシュウィンやロドリーゴがタイトルを飾っている号がある,など。
 とはいえ,従来のクラシック全集に比べて決して冒険的前衛的というわけでは決してなく,びっくりするような選曲は皆無。無難というか,オーソドックス,教科書的な選曲が大半です。

 指揮者,演奏家は,全体にそこはかとなくチープな印象が漂うのはやむを得ないとして,個々を見ればそれなりにメジャー。カラヤンとかバーンスタインとかはおりませんが,小澤征爾が2枚ありますし,千住真理子(Vn)や諏訪内晶子(Vn)など,日本の演奏家も何人か取りあげられていて,とくに昨秋家族でTVドラマを見たフジ子・ヘミング(P)は子供たちも楽しみにしています。

 ところで本シリーズ,ベートーヴェンが髪をふるわせて「なぜ創刊号に自分でなくモーツァルトが」と怒るTV CMが笑わせてくれますが,その創刊号にやや疑問が残ります。
 モーツァルトを選ぶのは安易ながら無理からぬところとは思います(ベートーヴェンでは重すぎるし,ヴィヴァルディでは迎合しすぎでしょう)。ただ,その選曲がバレンボイムのピアノ,指揮による
   ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466
   ピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K537「戴冠式」
   ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K331より 「トルコ行進曲」
となると,この手の「創刊号をキャンペーン価格で売りまくり,その勢いで50巻を押し切る」企画雑誌としては,地味に過ぎるのではないでしょうか(録音も1967年,1974年,1984年とやや古くてくすんだ印象。音のクリアさだけを比較すれば,創刊2号のヴィヴァルディのほうがずっとよいように感じられました。チョン・キョンファはそのあたり厳しそうだものな……)。
 モーツァルトは全50巻のうち5巻を占め,企画側が力を入れているのはわかるのですが,その選曲は広く浅くでもなければ深く重くでもなく,なんだか焦点がよくわかりません。

 いずれにしても,『のだめカンタービレ』で重度の“突発性クラシックでも聴いてみようか症候群”に感染した患者の皆さん(俺だ!)にはオススメ。ご一緒に2年間,つまみ食いはいかがでしょう。

2005/02/07

『おうちがいちばん(1)』 秋月りす / 竹書房

758 どうしちゃったの,というレベル。

 前作『かしましハウス』も実のところ連載開始当初は各キャラクターの味付けが安定せず,手放しで笑えるようになったのは3巻か4巻めあたりからだった。それに比べて,本作はそもそも登場人物に味付けをしようという意志,推理小説でいえば「伏線」にあたる設定すら用意されていない印象。

 1巻を読み終わった時点で,たとえば夫は優しいのかだらしないのか? 有能なのか無能なのか? 趣味,嗜好は? などなど,まるで思い出せない。主人公たる妻のほうも,育児と勤めを両立するしっかり者なのか『OL進化論』のじゅんちゃんの如きうっかり者なのか,印象が散漫だ。主人公夫婦にしてこれなのだから,ほかの登場人物は推してはかるべしである。

 4コマギャグというものは──と大上段に構えるつもりもないが──登場人物に対して,ある程度の毒の調合は必要だろう。作者の仕向けた毒に耐性をもった登場人物たちが,バイタリティあふれる言動で読み手の予想を覆してみせる,たとえばそういう構造が必要なのだ。テレビのバラエティ番組でもそうだが,「ほのぼの」で笑いをとるというのは,非常にデリケートな毒の処方を必要とする高等技術なのだ。

 一見かわいらしくほのぼのした絵柄ではあるが,秋月りすの魅力は意外なまでに毒のきいた味付けだったように思う。帯の惹句にある「子育てに仕事にバリバリ頑張る元気ママ応援します」などという評価は秋月りすの魅力からもっとも遠いものだったのではないか。

 2巻以降の巻き返しに期待。

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