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2005/01/23

『蟲師(5)』 漆原友紀 / 講談社アフタヌーンKC

829 昨秋の発刊であり,コミックで「新刊」というには少し間があいてしまったが──。

 動物でもなく,植物でもなく,生物であるかすら疑わしい──それら異形の一群,「蟲」。
 主人公はこの「蟲」を呼び寄せてしまう体質ゆえ定住できず,蟲封じを生業として里や山あるいは海辺の村を放浪する。

 設定は魅力的だし,細い線や点を丁寧に描き込んだ画風も悪くないのだが──なぜか没頭できない。
 最近1巻から通読して気がついた。リアリティに欠けるのだ。いや,妖怪めいた蟲や光脈が潜在することが科学的でない,というのではない。時代も国も明らかでない世界,多くの人々が和服なのに,蟲師ばかりが洋服姿なのは時代設定的に如何,とかいうことでもない。むしろこれらについては違和感なく読めて身になじむ。
 問題は,蟲たちの多くは人の里に災厄を持ち込むが,その大半が致命的でないことなのだ。そんなはずはない。蟲たちは人に寄生しているわけではない。人と全く違う次元で,違うエネルギーを求め,ただ存続しようとするだけである。
 なら,蟲たちが顕在化したとき,もっと惨事が多発して不思議はないのだ。

 しかし,大概の物語では,人々は少しばかり停滞を被る程度で,それも主人公ギンコの処方で現状維持に終わる。作中で死ぬ人間は人の側の事情で死ぬのであり,悲劇はたとえば人に擬態する蟲が人を駆逐するためでなく,その擬態した蟲たちが駆逐されることで起こる。

 いってしまえば,人の側の安全度が高すぎるのだ。
 村人の大半が血へどを吐いて死に絶える,里の大半が迷い出て二度と戻ってこない,そういった現象の比率がもっと高くないと不自然なのである。

 そんな事態を,あるいはそんな事態になすすべもない主人公を同じ淡々とした筆遣いで描けるなら──。

 なお,昨秋には同じ著者の初期作品集『フィラメント』が発刊されている。短編「岬でバスを降りた人」など一部を別として,総体にまだ習作レベルのように思われた。

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