『岡山女』 岩井志麻子 / 角川ホラー文庫
【雨が降ると傷が痛むか,嫌な客がくる。】
ジュンパ・ラヒリに続いて岩井志麻子を持ち出したのは,果たしてどのような意図が? ……と期待された方には申し訳ないが,とくに深い意味はない。2冊とも,しばらく本棚で眠っていたのを最近ようやく読むことができたといった程度の縁。
『岡山女』は『ぼっけえ、きょうてえ』で独特かつ新しいホラーの世界を開いた(というのが決して世辞追従ではない)岩井志麻子による,やはり明治期の岡山を舞台にしたホラー短篇集。
妾として囲われていた男に無理心中をはかられ,日本刀で切り付けられたタミエ。彼女は左目と美しい容貌の代償として,失われた左目に明日起こる事柄やとうに死んだ者の姿を見るようになる。霊媒師として生計をたてるようになった彼女の元には,今日もいわくありげな依頼客が……。
(今気がついたのだが,左目に異形のものが見えるという設定,これは『ホムンクルス』と並べて評すべき作品だったかもしれない。後の祭り寿司。)
さて,この設定なら,いくらでも怖い話,気持ち悪い話をこしらえることができたはずだ。
だが,本作は『ぼっけえ、きょうてえ』と比較してもホラーとしてはほの白い印象で,死者や超常現象を描きつつ,恐ろしさを伝えるばかりではない。読了後に胸を通り過ぎたのは思いがけず透明な清涼感だった。
決してストーリーが爽やかというのではない。岡山の町の描写はいずれじめじめしているか埃っぽいかのどちらかだし,血や狂気や凶々しい影といったホラーならではの描写もそこかしこに用意されている。早い話,決して綺麗な話ではないのだ。しかし,主人公タミエの言動,いや存在そのものが,淡々と,上品,可憐に感じられてならないのである。タミエは事件の最後にときどき笑うのだが,それが清潔な錫の風鈴のよう,とでもいえば近いだろうか。
だが,ぱらぱらと読み返しても,どのあたりがその印象の根拠なのか,今ひとつよくわからない。金銭や世評への欲がないといった簡単な話では,ない。半分霊界に足を踏み入れたため,現世での執着とは次元の違う世界に生きているためか。いや,それだけではタミエのほそやかな穏やかさの説明にならない。
とにもかくにも……そう目覚ましい内容と思えない短篇集なのに妙に贅沢な印象,ホラーとしての衝撃は『ぼっけえ、きょうてえ』のほうが格段に上だが,本書のほうが好もしい。
『岡山女』という没義道なタイトルのつけ方といい,岩井志麻子はレッテルを貼りにくい作家だ。お札のように壁は一面レッテルだらけで地肌が見えないとでもいうか。
作品によって当たりハズレはあるが,およそオリジナリティを志向する作品は本来そのようであるべきだし,今後ともそのようにあってほしい,そんな作家の一人である。
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