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2004/08/10

「我が娘」への私的オマージュ 『スカイハイ』(現在6巻まで) 高橋ツトム / 集英社ヤングジャンプ・コミックス

608【お逝きなさい】

 覆面レスラー,ミル・マスカラスの入場テーマ曲ではない。高橋ツトムのコミック作品である。

  ここは 不慮の事故や 殺された人達が来る 怨みの門
  あなたは3つの行き先を選べるわ
  死を受け入れ天国に旅立つ
  受け入れず霊となって現世をさまよう
  そしてもう一つ… 現世の人間を呪い殺す

 なんというか,実にもう古めかしい設定で,これは要するに今はすたれてしまった「バチが当たる」次元の話である。新しいショッピングモールに駄菓子屋さんのコーナーが鎮座ましましたような印象。作者はお婆ちゃん子か? と想像したりもする。

 『スカイハイ』はテレビドラマ,劇場公開ムービー,はてはテーマパークのアトラクションにまでなっているそうで,そう聞くとヘソマガリを起こして敬遠し,原作も未読だった。
 機会を得てまとめて読むことができたが,現在までに発刊されているのは計6冊。8編の短・中編からなる正編2巻,短編8編からなる「新章」2巻,そして外伝的な長編「カルマ」2巻である。

 先の設定に謎の美少女(?)門番イズコを配して,一種のシミュレーションストーリーが展開する。
 高橋ツトムの描く登場人物は以前より裏表がなく,悪人はとことん悪人,善人はどこまでも善人で屈折がない。本シリーズを面白いと思うためにはそのあたりを容認できるかどうかが境界線となるだろう。

 一点,この作者について以前から気になっていたことがある。
 ヒロインのモデルの問題だ。

 ある程度リアルな美女,美少女を描く作家なら,そこにはなんらかの願望が込められているはずである。理想の恋人であるか,初恋の少女であるか,母であるか,妻であるか。信仰の対象だったり,セックスのはけ口だったりするかもしれない。
 実在するかどうかはともかく,作者のなんらかの思い入れがヒロインの風貌を決定しているに違いない。
 しかし,高橋ツトムの描くヒロインは,そのあたりがどうもよくわからない。少なくとも通常の意味でセクシャルではないし,さりとて聖性を求められている気配でもない。
 彼の作品の読者で,彼の描くヒロインに恋心を抱くのはかなり特殊な部類ではないだろうか。

 高橋ツトムの作画に特徴的な,主人公がちょっと口をとんがらせて黙り込む,「プンとおすまし」あるいは「おぼこい」とでもいうか,たとえば添付の表紙のような表情をみて,ふと,これは「娘」ではないかと思う。
 作者に子供がいるかどうかは知らない。だが,この作者が理想として描こうとしている像は「我が娘」のあってほしい姿なのではないだろうか。

 そう思って『スカイハイ』を振り返ると,予定調和な展開の並ぶ正編8編の中で俄然ストーリーが動き出すのは,最後に収録された,作家と彼のまだ見ぬ「娘」の物語だ。また,「カルマ」はそもそも母と「娘」の物語であり,「新章」の短編の中でも(浪花節ながら)涙を誘うのは不慮の事故で死んでしまう「娘」達の物語である(逆に「息子」がテーマとなる物語では,たいていろくでもないドラ息子が描かれている)。

 何の根拠があるわけでもないが,お婆ちゃん子で,自分の娘の理想像ばかり描く作家。その作品が勧善懲悪に彩られ,ストレートで善意の人々にあふれるのは当然といえば当然なのかもしれない。

 それにしても,コロコロやコミックボンボンならいざ知らず,天下の青年誌の人気連載,最終回の最後の見開きが

  人間なんて地球の塵
  一生なんて儚い…
  だけどみんな必死に生きてる

というのは……大丈夫か若者達。

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