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2004年8月の5件の記事

2004/08/23

130→77 『OL進化論(21)』 秋月りす / 講談社ワイドKCモーニング

710【35歳でやたら前向きな人って つらいわー】

 本日はお忙しいところ,お集まりいただきましてありがとうございます。
 えー本日のアジェンダですが,先日,弊部より発表いたしました秋月りす『どーでもいいけど』の営業速報内にて

秋月りすはこの連載を経て否が応でも1990年代の「不景気」の構造を学習し,正面から見据え,それはひるがえって代表作『OL進化論』の足枷ともなった。
『OL進化論』の好々爺たる社長,スーパーキャリアウーマンたる社長秘書らが登場の場を失い,ジュンちゃんのダメダメぶりがOLとしてではなくプライベートライフにおいてばかり強調されるようになったのは偶然ではないような気がする。
「人員整理」はもはや「まさか」と笑って過ごせるジョークの素材ではなく,会社は,1980年代までのように呑気で楽しい永遠の楽園ではないのである。

といったことを発表いたしましたところ,先週の営業戦略会議において,営業統括部長より「それは雰囲気で言っているだけではないか。お客様を納得させるのはあくまで数字の根拠がないとだめ」とのご指摘をいただきました。
 そこで,本来でしたらきちんとしたパワポの資料を用意のうえ発表させていただくのがスジということは重々承知しておるのですが,なにぶんお盆もあって現場のスタッフが足りず,分析に足る数字を集めるのが精一杯で……は? 言い訳はいい,早く先に進め。し,失礼いたしました。

 それでは,え,プロジェクタの映像で次のページをご覧ください,非常に簡単な表ではございますが,つまり,

  233分の130 56%
  235分の 77 33%

この上の数字が,1990年10月発行の第1巻,下の数字が2004年5月発行の第21巻となっております。は? あ,もちろん秋月りす『OL進化論』の第1巻と第21巻です。
 あ,この数字の意味ですね。はい,これからご説明申し上げるところで,申し訳ございません,段取りが悪くて。

 この数字はつまり,『OL進化論』の第1巻で,主人公の美奈子やジュンちゃんら,OLの登場人物がオフィスにいる,あるいは昼食を食べに外に出ていても制服を着ている,つまりとにもかくにも勤務時間内であることが明確なコマが1コマでもあった場合を1とカウントいたしまして,それが233作中の130作,つまり約56%あったと。
 それが,第21巻では,全体は235作でほぼ変わらないにもかかわらず,勤務時間を描いたものは77作,およそ33%。しかもその約半分は美奈子たちとは制服の色が違う,ほかの会社のOLを描いたものになっております。

 つまりこのように,タイトルこそ『OL進化論』ではありますが,本作におきましてOLは進化するどころかますますプライベートな,買い物であるとか,友達とのおしゃべりであるとか,そういった時間の比率が,これはタイトルを考えますともはや異常値と言ってよろしいかと。

 え,さらに,『OL進化論』の連載第1回めでは,ジュンちゃんがタバコのライターでロングヘヤーをこがしてしまって髪を短くし,タバコもやめたこと,また,連載第2回めでは美奈子もタバコを吸っているところをボーイフレンドに注意されるなど,のちには見られない設定がございます。
 また連載初期には,英語がペラペラだがそれがブロークンというかベランメエな英語であるというバイリンギャル絵美のなかなか購買層にアピールするエピソードもございまして,これらのちに見られなくなる設定や登場人物につきましてはさらに別ファイルにて,あーっ,あっ,申し訳ありません,これは単なる私の趣味の画像と申しますか,いえ決して職務時間中にこのような画像を集めたりながめたりしていたわけでは,決して,いえ,あの,あっ,ああああっ。

2004/08/17

功夫(クンフー)の正しいあり方描き方 『セイバーキャッツ』(全5巻) 山本貴嗣 / 角川書店 ニュータイプ100%コミックス

171【あの娘には指一本…… ぐらいは触れたが まだ何もしちゃいない!!】

 「イブニング」の『俊平1/50』があっさり終わってしまった。

 『俊平1/50』は『空想科学読本』の柳田理科雄監修による近未来SFで,そう知るとタイトルからして懐かしの「ウルトラQ」の「1/8計画」へのオマージュとなっていることのツジツマが合う。
 「1/8計画」とは人口増加に伴う土地不足解消のために人間を8分の1に縮小する計画であり,うっかりその建物に足を踏み入れたカメラマンの由利子(桜井浩子)が……。

 もとい,今回は『俊平1/50』の作画を担当した山本貴嗣(やまもと あつじ)についてである。

 『俊平1/50』の連載開始時,「この見慣れたようで個性的な,シンプルなようで妙にコクのある絵柄,女キャラのアヒルを思わせる口もと……誰だったっけ」と首を傾げたが,どうしても具体的な作品が思い出せない。
 Webで検索して,ようやく記憶と結びついた。
 たとえば,数年前にヤングアニマル誌に連載された『夢の掟』。これは,超絶的な拳法使いを要人のボディガードに配し,この国の政治の将来と一対一の格闘シーンが交互に展開するという,はなはだバランスの悪い,だが妙に後をひく作品だった。おおかたの予想通り『ベルセルク』や『ふたりエッチ』のようには評判を呼ばず,単行本2冊であっさり打ち切りとなったようだ。最終回も読んでいるはずだが,思い出せないくらいだから相当中途半端な終わり方をしたのだろう。

 『夢の掟』以外にもいくつか,雑誌(主に「ジェッツ」だ……)連載時に目を通した作品を思い出し,そうこうするうちにピピっとスイッチが入り,やむを得ず(?)山本貴嗣の単行本を集めることとなった。

 はっきり言って,キャリアが長いわりに山本貴嗣がメジャーにならないのも,それなりに理由はある。

 テクニックを見れば下手ではない。否,むしろ巧いほうかと思われるし,随所に心憎いセリフも配す。しかし,読み手に楽しみを提供するより,自分の描きたいものへのこだわりのほうが常に上回ってしまう。それがあるときは食い足りなさ,あるときは悪趣味な印象さえ招いてしまう。要するに自分の中のオタク要素を消化する気のないタイプの作家なのだ。
 初期のある作品など,『コブラ』に登場するようなお尻むき出しの見目麗しい妖精同士が剣で争って,あろうことか互いの内臓を引きずり出し合う。そのくせ,全体の展開は妙にヒューマンだったりするのである。

 逆に,ある程度マンガに目が肥えた,あるいはマンガを読み飽きた読み手の目には,ひかれるところの少なくない作家といえるかもしれない。癖の強い地ウヰスキーのような印象なのである。

 今回古本屋をたずねて探し集めた中で,珍しく広くお奨めしたいのが,『セイバーキャッツ』全5巻。残念ながらいずれも絶版である。

 テンポの速い展開がよい。恒星間飛行が実現した21世紀後半,荒廃した地球を舞台に「武術界 幻の秘法」を巡って登場人物たちの思惑と能力が交錯する。
 いじられキャラのヒロイン「山猫のチカ」こと当麻智華(とうま ちか)がいい。ワイルドでプライドが高く,健気でかわいい。
 脇役の雷鳳岩(レイ フォンイェン)の男気が切ない。無骨で不器用な友情をぎりぎり照れずに済む枠内に描いて好感がもてる。

 だが,それら以上に,中国武術をベースにした主人公・宿弥光(すくね ひかる)の武術(ウーシュー)の描写が素晴らしい。
 格闘シーンがスピーディでかっこいい,とかいった次元ではない。単なる立ち居振る舞いにも目を見張らせられるものがあるのだ。黙々と功夫の鍛錬に励むシーンですら,読み手の背骨に「氣」の柱がスパンと立つ,そんな爽快な手ごたえがある。
 格闘時には静かな無表情になるのもよい。熟練した技師が機械の整備にあたる際の,淡々としつつも鋭い目である。なんというか,そうあるべき,そうでなくてはならないリアリティが感じられる。

 本作は掲載誌の「コミックGENKi」が休刊にいたったため,かなり無理やり終わらせられている。

 しかし,どうだろう。作者山本貴嗣はどちらかというと作品の締めをきっちりするほうではない。だらだら長引かせたり,作者が飽きて半端に終わらせられるより,外的要因で5冊というほどほどの長さで終わったことは,本作にとってかえって幸せではなかったか。
 ともかく,とくに第1巻。ブックオフをはしごしてでも手に取る価値ありかと思う。ただし,間違えて作者言うところの「内臓趣味」作品を入手しても当局は責任はとれないのであしからず……。

2004/08/10

「我が娘」への私的オマージュ 『スカイハイ』(現在6巻まで) 高橋ツトム / 集英社ヤングジャンプ・コミックス

608【お逝きなさい】

 覆面レスラー,ミル・マスカラスの入場テーマ曲ではない。高橋ツトムのコミック作品である。

  ここは 不慮の事故や 殺された人達が来る 怨みの門
  あなたは3つの行き先を選べるわ
  死を受け入れ天国に旅立つ
  受け入れず霊となって現世をさまよう
  そしてもう一つ… 現世の人間を呪い殺す

 なんというか,実にもう古めかしい設定で,これは要するに今はすたれてしまった「バチが当たる」次元の話である。新しいショッピングモールに駄菓子屋さんのコーナーが鎮座ましましたような印象。作者はお婆ちゃん子か? と想像したりもする。

 『スカイハイ』はテレビドラマ,劇場公開ムービー,はてはテーマパークのアトラクションにまでなっているそうで,そう聞くとヘソマガリを起こして敬遠し,原作も未読だった。
 機会を得てまとめて読むことができたが,現在までに発刊されているのは計6冊。8編の短・中編からなる正編2巻,短編8編からなる「新章」2巻,そして外伝的な長編「カルマ」2巻である。

 先の設定に謎の美少女(?)門番イズコを配して,一種のシミュレーションストーリーが展開する。
 高橋ツトムの描く登場人物は以前より裏表がなく,悪人はとことん悪人,善人はどこまでも善人で屈折がない。本シリーズを面白いと思うためにはそのあたりを容認できるかどうかが境界線となるだろう。

 一点,この作者について以前から気になっていたことがある。
 ヒロインのモデルの問題だ。

 ある程度リアルな美女,美少女を描く作家なら,そこにはなんらかの願望が込められているはずである。理想の恋人であるか,初恋の少女であるか,母であるか,妻であるか。信仰の対象だったり,セックスのはけ口だったりするかもしれない。
 実在するかどうかはともかく,作者のなんらかの思い入れがヒロインの風貌を決定しているに違いない。
 しかし,高橋ツトムの描くヒロインは,そのあたりがどうもよくわからない。少なくとも通常の意味でセクシャルではないし,さりとて聖性を求められている気配でもない。
 彼の作品の読者で,彼の描くヒロインに恋心を抱くのはかなり特殊な部類ではないだろうか。

 高橋ツトムの作画に特徴的な,主人公がちょっと口をとんがらせて黙り込む,「プンとおすまし」あるいは「おぼこい」とでもいうか,たとえば添付の表紙のような表情をみて,ふと,これは「娘」ではないかと思う。
 作者に子供がいるかどうかは知らない。だが,この作者が理想として描こうとしている像は「我が娘」のあってほしい姿なのではないだろうか。

 そう思って『スカイハイ』を振り返ると,予定調和な展開の並ぶ正編8編の中で俄然ストーリーが動き出すのは,最後に収録された,作家と彼のまだ見ぬ「娘」の物語だ。また,「カルマ」はそもそも母と「娘」の物語であり,「新章」の短編の中でも(浪花節ながら)涙を誘うのは不慮の事故で死んでしまう「娘」達の物語である(逆に「息子」がテーマとなる物語では,たいていろくでもないドラ息子が描かれている)。

 何の根拠があるわけでもないが,お婆ちゃん子で,自分の娘の理想像ばかり描く作家。その作品が勧善懲悪に彩られ,ストレートで善意の人々にあふれるのは当然といえば当然なのかもしれない。

 それにしても,コロコロやコミックボンボンならいざ知らず,天下の青年誌の人気連載,最終回の最後の見開きが

  人間なんて地球の塵
  一生なんて儚い…
  だけどみんな必死に生きてる

というのは……大丈夫か若者達。

2004/08/07

怖ければよい,わけではないのがつらい 『新耳袋 現代百物語 第九夜』 木原浩勝・中山市朗 / メディア・ファクトリー

Photo【課長さんは営業だからいいですよ。泊まりがないんでしょ!】

 ごくまれに,本当に怖い本というのがある。
 そういう本は,読み始めるとすぐわかる。
 ページを開く指の一本一本からヒイヤリした禍々しさが伝わり,何かを呼んでしまいそうで一人の家では読めず,読んだそばから「しまったしまったしまった」と後悔が背中を這い登り,もう読まないとかたした棚からは小さな耳を刺す声が聞こえたりするのだ。

 本書は残念ながら,そういった一冊ではない。

 また,『新耳袋』シリーズ独特の,とくに幽霊が出るとかいうわけでもないのによこしまな気配に満ち,どうにも説明のつかない奇態な空間についての話もない。

 ここにいたって,「このようなものが求められているらしい」と取材対象者にもシリーズの類型が見えてしまい,無意識にそのようなものが語られている……そのような感じだ。

 また,比較的ありきたりな怪談もいくつか掲載されているのだが,本シリーズの著者は稲川淳二や平山夢明らに比べると,オーソドックスな怪談を怪談として「怖く」語ることにおいては決してテクニシャンではない。

 結果,結局はたいして怖くない一冊となった。

 あとがきによれば「怪談はコミュニケーションツールである」が著者の持論なのだそうだ。それは,ある意味タチが悪い。つまり怪談というものがはてしない伝言ゲームとなりかねないことを示すからだ。
 その結果,一つひとつの怪談は「どこか」の「友達の友達」を主人公とする曖昧模糊とした物語と化してしまう。

 どこかで聞いたか読んだかしたような話でありながら稲川淳二の語りが怖いのは,彼の語りは出来事をすべて「自分が働いていたビルで」「友達と泊まった旅館で」「ゲストで出た番組で」と多少強引に己のすぐそばまで引き寄せるからではないか。
 『新耳袋』については,淡々と距離をおいた記述がここ二冊ばかりは裏目に出ているような気がする。

 本シリーズを未読の方には,ぜひとも第一夜から第四夜あたりをお奨めしたい。
 奇妙にゆがんだ,もしくはうつろな,あるいはヒリヒリした,一日で百篇読んでしまうと本当に何かを招いてしまいそうな,いや途中ですでに背後に立たれているような,編纂中に著者が奇妙なめにあったというのが納得できる,初期はそのような本当に怖い話がたくさんあったのだ。

2004/08/03

斜めにかしぐフォルムの躍動感 『リモート』(全10巻) 原作 天樹征丸,漫画 こしばてつや / 講談社ヤンマガKC

0941【素人が爆弾を作るのに参考にする文献は数がしれてる‥‥ パターンはせいぜい100かそこら‥‥ すべて頭に入っている!】

 ヤングマガジンという雑誌は,どうも粗雑なタッチ,手を抜いた背景をむしろ推奨するようなところがあって,最近の若手の作品は総じて苦手だ。
(『AKIRA』がこの雑誌に連載されていたことなど,今となってはどれほどの人が覚えているだろう。)

 『リモート』も,単行本発売時やテレビドラマが始まった折に一二度手に取ったが,ヘタなのか粗暴なのかよくわからない絵柄,パンチラを連発するセンスに購入する気になれずにいた。最近10巻をもってストーリーが完結したことを知り,決着が明らかならと数冊無造作に買い求め,その結果多少見解を変えるにいたった。

 ストーリーはシンプルで,婚約者のいる若い婦人警官が,洋館の地下に引きこもる異能警視の指示を受けて猟奇的な難事件の解決に奔走する,というもの。
 基調はヒロインが絶叫してばかりのB級サスペンスなのだが,ミステリとしてそれなりに趣向をこらしているので,暇つぶしにはなる。ただ,絵柄は荒い。事件がシリアスであるにもかかわらず登場人物の大半が(サザエさんの登場人物がそうであるのと同等の意味で)いわゆるマンガ顔。ギャグも笑えない。

 ……などと思いつつ読み進むうちに,だんだんヒロインの絵柄が気になってきた。

 本作のヒロイン彩木くるみは,素直で前向き,けなげでエロティック……とかいうキャラクター設定の問題,ではない。
 数ページに一度登場する彼女の全身像が,たいがい重心を崩して,つまりアンバランスに描かれていて,それが妙に心にひっかかる。悪くいえばやたらと身もだえしているわけだが,その不安定な構図が不思議に魅力的なのだ。

 たとえば添付は第3巻の表紙で,高校生に扮したくるみと制服のくるみを重ねて描いたものだ。この絵そのものは(とくに右手の扱いなど)決して巧みとはいい難いが,この表紙を開いたところの口絵は,この警官姿と高校生姿を前後入れ替えたものになっており,それを知るとなぜかぐらっときてしまう。

 そうした視点から作品を読み返すと,へたり込んで悲鳴を上げるくるみ,氷室警視に敬礼するくるみ,こわごわ銃を構えるくるみ,事件が解決して胸を張るくるみ……それらの奇妙にゆがんだフォルムがいちいち計算ずくのように思えてくるから不思議だ。
 バランスが崩れているということは,その状態では静止できないということだ。当たり前のことだが,本作ではそれが思い切りダイナミックにヒロインの描写に利用され,それが独特なゆっくりとした躍動感を生んでいる。

 ヒロインが独特な躍動感を感じさせる……これはコミック作品としては十分読むに足るということではある。
 とはいえ,好みが分かれそうな作品でもあり,お奨めしてよいものかどうかは少々迷う。などと紹介者に言われても困るだろうが,困ったときはとりあえず読んでみることをお奨めしたい(なんだそりゃ)。

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