どこに向かう技量 『退屈姫君伝』 米村圭伍 / 新潮文庫
【(すてきすてき。今日はなんとも波乱万丈だわ)】
先日紹介した『水曜日は狐の書評 日刊ゲンダイ匿名コラム』においても
読み手の予想を快く裏切って,意外な展開を続ける米村圭伍の手並みに,すでに「作家の自負」とでもいうべきものが揺るがずに立っているのを感じる。
と賞賛された作品である。
しかし,そのあとの作品まで俯瞰して見ると,はたしてどうだろう。
本書『退屈姫君伝』そのものはなかなか面白い。
美貌ながら生来のいたずら好き,陸奥盤台藩五十万石の末娘,めだか姫が讃岐の小藩にお輿入れ。そんな彼女がある日退屈しのぎに屋敷を抜け出し,幕府隠密,くノ一,長屋の町人まで巻き込んで,藩の七不思議ならぬ六不思議の謎解き,あげくに陰謀めぐらす田沼意次と対決することに……。
云々という筋書きを古いと読むか,今風と見るかはともかく,天真爛漫,物怖じしないのびやなか性格で,周囲の者たちは呆れはてつつやがて味方となってわいのわいの,というめだか姫,アニメ化の話がないのが不思議なほどである。
六不思議の謎解きをはじめ,さまざまな事件,登場人物を交えながら,それでも作中の時間はゆっくり過ぎていく。展開が遅いわけではない。文体というより,作品内時間の経過の仕方が際だって「落語」的なのである。
デビュー作『風流冷飯伝』,本作『退屈姫君伝』,さらに続く3作めの『面影小町伝』(文庫化に際し『錦絵双花伝』より改題)の3作を見ると,一部の人物が複数の作品に登場しており,これらが連作であることは明らかだ。
だが,作品のもつ手ごたえは,これが同じ作者によるものかと思われるほどに異なる。
とくに,1作,2作めののんびり明るい風情を好もしく思った者にとって,3作め『面影小町伝』の凄惨な展開は衝撃だろう。また,それと知ったとき,1作めの『風流冷飯伝』も,決して万事にほのぼのした物語ではあり得なかったことに気がつくだろう。
もちろん,一人の作家がユーモアとシリアスを書き分けることは珍しくない。しかし,三部作で,しかも登場人物や舞台が重なりながらこれだけタッチが異なるのも珍しい。
これを,狐の書評のように「読み手の予想を快く裏切って」と評価すべきか,それとも作者のフォームが安定しないとみるべきか,そのあたりは難しいが,どうも後者を否定しきれない。
極端にいえば,三部作を通して共通するのは,作者米村圭伍の「技量」だけなのである。
この構造は,『後宮小説』のあと,小説を書くという行為そのものをテーマにしたような短編集『ピュタゴラスの旅』を提示した酒見賢一のあり方と一見似ているようで──実はまるで違う。
酒見賢一は小説が「技量」によって成立していることを作品中でも明示し,いわば手の内をさらしたところでファンタジーを書いた。読み手は,その構造を理解したうえで,その構造も含めて酒見賢一を面白がることが可能である。
しかし,米村圭伍の文体は,酒見賢一のようにあるにはあまりに口あたりがよすぎる。おそらく落語などの芸能への傾倒が良くも悪しくも米村圭伍の作品をとっつきやすくしているのだろう。そのため,読み手は,そこにある濁りに気がつきにくい。そして,その濁りをメインテーマにされたとき,一部の読み手は途方に暮れるに違いない。
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