最近《ちょっと》がっかりしたコミックス 『珍犬デュカスのミステリー(2)』 坂田靖子 / 双葉社(ジュールコミックス)
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お気に入りの作家の作品が発売されると知ったとき,その1ヶ月に加えて前後5営業日はバラ色の光に包まれる。だが,万一その作品がハズレだったとき,世界は前後3ヶ月にわたってしっけた闇に覆われるのだ。
さて,そんなお気に入りの作家の一人,坂田靖子の作品には決してハズレなどない……わけでもない。
こちらの気分にもよるのだろうが,けっこう出来不出来があるのである。
たとえば,初期の名作『闇夜の本』シリーズにしても,2巻,3巻は第1巻に遠く及ばない。また,JUNEコミックスの短編集何冊かは,発表の場がカラスの趣味の外だということを差し引いても一編一編が妙に短く食い足りない。いや,あの手の素材で長々こってりされても持て余すかもしれないのだが。
さて,『珍犬デュカスのミステリー』だ。
このシリーズは,坂田靖子作品としては,駄作とまでは言わないもののどうも今ひとつ満足できずにいる。その理由は割合明快だ。
先ほど例に出した『闇夜の本』には「浸透圧」という,それはもうエビぞって後頭部がカカトについてしまいそうな大傑作が収録されている。この「浸透圧」の素晴らしさの根底には,2人の登場人物が見事に役割を演じ分けているということがある。漫才におけるボケとツッコミに類する分担だ。
つまり,こういうことである。
坂田靖子の作品の多くでは,「浸透圧」に限らず,まず超常的な事件,事態が(なんの説明もなしに)発生する。そして,登場人物の一人がなんとも呑気かつすっとこどっこいな性格で,その超常的な事態をまったく気にもかけず,さらにはてしなく周囲を振り回していく。かたや一方に,これがまた常識人といえば聞こえがよいが要は目の前の異常事態にまるでついていけない生真面目一本やりの登場人物がおり,こちらは事態の異常さにパニックを起こし,すっとこどっこいな人物の言動に呆れ,怒り,必死で事態を常識の範疇におさめようとする。もちろん,彼(彼女)の絶叫(なぜだーっ)や努力はむなしく,世界は底なしにはちゃめちゃに転がっていくばかり……。
適当に例をあげるなら,『マ-ガレットとご主人の底抜け珍道中』や『闇月王』,『ダンジョンズ&ドラゴンズ』などはいずれもこのタイプに属する。これらに似ていながら『水の森綺譚』シリーズが今ひとつ破壊力に欠けるのは,この作品の舞台がそもそもファンタジーの世界であり,登場人物の2人が世界のありさまそのものにはとくに疑問を抱いていないためなのである(この2人は役割分担も不明確で,いくつかの物語において役柄を交換してもなんら問題がない)。
では,『珍犬デュカス』はどうか。
異常なのは言葉を喋る犬なのか,ふりかかる事件なのか。
常識的なのは主人公のOL冴子なのか,彼女が勤める設計事務所の社長龍一なのか,龍一の元妻の玉緒なのか,それともデュカスなのか。
これら役割分担が明らかでないうえに,よく読むと,デュカスや主人公たちは,多くの事件において当事者ではなく,ただの傍観者であることがわかる。
これでは「まきこまれ」の名手たる坂田靖子らしさがスパークするはずがないではないか。
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