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2004年4月の4件の記事

2004/04/26

最近《ちょっと》がっかりしたコミックス 『珍犬デュカスのミステリー(2)』 坂田靖子 / 双葉社(ジュールコミックス)

639【玉緒さん 新しく買う税金管理ソフト 何がいいかなあ】

 お気に入りの作家の作品が発売されると知ったとき,その1ヶ月に加えて前後5営業日はバラ色の光に包まれる。だが,万一その作品がハズレだったとき,世界は前後3ヶ月にわたってしっけた闇に覆われるのだ。

 さて,そんなお気に入りの作家の一人,坂田靖子の作品には決してハズレなどない……わけでもない。
 こちらの気分にもよるのだろうが,けっこう出来不出来があるのである。

 たとえば,初期の名作『闇夜の本』シリーズにしても,2巻,3巻は第1巻に遠く及ばない。また,JUNEコミックスの短編集何冊かは,発表の場がカラスの趣味の外だということを差し引いても一編一編が妙に短く食い足りない。いや,あの手の素材で長々こってりされても持て余すかもしれないのだが。

 さて,『珍犬デュカスのミステリー』だ。
 このシリーズは,坂田靖子作品としては,駄作とまでは言わないもののどうも今ひとつ満足できずにいる。その理由は割合明快だ。
 先ほど例に出した『闇夜の本』には「浸透圧」という,それはもうエビぞって後頭部がカカトについてしまいそうな大傑作が収録されている。この「浸透圧」の素晴らしさの根底には,2人の登場人物が見事に役割を演じ分けているということがある。漫才におけるボケとツッコミに類する分担だ。

 つまり,こういうことである。
 坂田靖子の作品の多くでは,「浸透圧」に限らず,まず超常的な事件,事態が(なんの説明もなしに)発生する。そして,登場人物の一人がなんとも呑気かつすっとこどっこいな性格で,その超常的な事態をまったく気にもかけず,さらにはてしなく周囲を振り回していく。かたや一方に,これがまた常識人といえば聞こえがよいが要は目の前の異常事態にまるでついていけない生真面目一本やりの登場人物がおり,こちらは事態の異常さにパニックを起こし,すっとこどっこいな人物の言動に呆れ,怒り,必死で事態を常識の範疇におさめようとする。もちろん,彼(彼女)の絶叫(なぜだーっ)や努力はむなしく,世界は底なしにはちゃめちゃに転がっていくばかり……。

 適当に例をあげるなら,『マ-ガレットとご主人の底抜け珍道中』や『闇月王』,『ダンジョンズ&ドラゴンズ』などはいずれもこのタイプに属する。これらに似ていながら『水の森綺譚』シリーズが今ひとつ破壊力に欠けるのは,この作品の舞台がそもそもファンタジーの世界であり,登場人物の2人が世界のありさまそのものにはとくに疑問を抱いていないためなのである(この2人は役割分担も不明確で,いくつかの物語において役柄を交換してもなんら問題がない)。

 では,『珍犬デュカス』はどうか。

 異常なのは言葉を喋る犬なのか,ふりかかる事件なのか。
 常識的なのは主人公のOL冴子なのか,彼女が勤める設計事務所の社長龍一なのか,龍一の元妻の玉緒なのか,それともデュカスなのか。

 これら役割分担が明らかでないうえに,よく読むと,デュカスや主人公たちは,多くの事件において当事者ではなく,ただの傍観者であることがわかる。
 これでは「まきこまれ」の名手たる坂田靖子らしさがスパークするはずがないではないか。

2004/04/20

『真相はこれだ! 「昭和」8大事件を撃つ』 祝 康成 / 新潮文庫

429【え,ダメだって? アリバイがあった? カレーライスを食ったって?】

 実際,“この手”の本にはロクなものがない。

 タイトルこそ大仰だが,いたずらにスキャンダラスな素材ばかりかり集め,そのくせすでに新聞や雑誌でさんざん書きふるされた,それも根拠はっきりしない事例をただ声高にあげつらえ……。

 と,こき下ろすだけこき下ろしておいて持ち上げるのも何だが,本書『真相はこれだ! 「昭和」8大事件を撃つ』はなかなか,いや非常に面白かった。コウモリ風見鶏,ばさりと前言撤回。

 本書にて取り上げられた事件は,以下の8つ。

   美智子皇后「失声症」の真相
   府中「3億円事件」で誤認逮捕された男の悲劇
   丸山ワクチンはなぜ「認可」されなかったのか
   美空ひばりが「紅白」から消えた日
   発案者不明?! 「成田空港」最大のミステリー
   疑惑の「和田心臓移植」33年後の新証言
   潜水艦「なだしお」東京湾衝突事件で隠されていた「無謀運転」
   世紀の対決「猪木・アリ戦」の裏ルール

 それぞれが読み物として面白いし,それ以上に筆者の丁寧な取材,インタビューによって浮き彫りにされた事実が恐ろしい。

 たとえば,あれほど大きな,もはや内乱と言うべき大きな戦闘と混乱をもたらした「成田空港」を三里塚に持ち込んだ(決定した)人物が,今もって明白ではない,という空虚な事実。
 あるいは,あれほどもてはやされた国内最初の心臓移植の,暗い真相。本書に記されたことが事実であるなら,それは紛れもない二重の殺人事件だったことになる。名誉,権力にしがみつく医学界のお歴々に,底知れぬ腐臭を感じざるを得ない。
 もしくは,世紀の対決が世紀の大凡戦と化した「猪木・アリ戦」の裏で繰り広げられた激しくも情けない闘い……。

 それ以外も,いずれも短いながら力作ばかりだ。

(個人的には,和田心臓移植についての項を読むためだけに本書を購入しても決して惜しくはないと思う。)

 もちろん,筆者の記述がすべて正しく,沈黙を守る側がすべて悪であった,などと妄信するつもりもない。本書に取り上げられた事件の当事者の一人と,ほんのちょっとした縁で会話を交わしたことがあるが,そこにいたった経緯は本書が暴いた「真実」とはまったく逆の事実を想像させるものだった。
 本当に本当,のことなど,当事者含めて誰にもわからないものなのかもしれない。

 ただ一つ言えることは,本書の独特な手応えの背景には,「昭和」という時代のモノトーンな色合いが静かに裏打ちされていることだ。昭和という時代の澱が,水閼伽のように沈殿した,そんな灰色の事件とその真相。

 それにしても,3億円事件や猪木・アリ戦が歴史上の事件として扱われるのか……思わず「昭和は遠くなりにけり」と凡庸なため息が風見鶏の口をついて出ようというものである。

2004/04/12

ザリガニの老いと死

Photo_4 我が家の玄関で2年9ヶ月にわたって生きてきたザリガニが,死んだ。

 最後の数ヶ月は,爪や肢の先に色素がたまり,一日中こわばったように水面に半身を浮かせて過ごしていた。エサを投げ入れても反応せず,死んでいるのではないかと子供たちが水槽をゆすると,しばらくしてようやくぎくしゃくと水に潜む。
 こと「老い」という点では人間のそれとひどく似通ったところがあり,やがて訪れるであろう別れに胸が痛んだ。

 最期の日,朝,ふと気がつくと仰向けになって肢を天井に向けて動かない。死んでしまったのかと指で腹をつつくと,ゆるゆると肢を動かした。どうやら引っくり返ったまま起き上がることができなくなっていたらしい。急いで起こしてやると目が覚めたかのように予想外に俊敏にあとずさる。少し安心して出かけたが,夜になって見るとまた腹を見せて肢をばたつかせていた。もう一度起こしてやって,それからほんの1時間後に見にいったときには静かに死んでいた。

 日なが水面に浮いて動かないザリガニが,死んだときにはたしてわかるのだろうか。そう思っていたのだが,意外なほどそれはすぐにはっきり見て取れるのだった。肢や爪が妙にこわばっていて,一見水底に立っているようで,実はただ沈んでいるだけなのだ。肢が小石をつかんでないから,水槽をそっと揺すると,ふわふわ漂ってしまう。
 しばらく時間をおいて,それからもう一度見てみたのだが,やはり動かない。何度見ても,同じ姿勢で動かないのだった。

 ザリガニは犬や猫と違って,とくに人間とコミュニケーションがあるわけではない。エサをやってもなつくわけでもないし,せいぜい汚れた水を替えるときに怒って爪を向ける程度だ。
 だが,迷い言をいうなら,この3年近くにわたって,彼(彼女?)は我が家の玄関で,その小さな爪をもって,子供たちを守り続けてきてくれたような気がしてならない。その間,子供たちは大きな怪我や病気もなく,穏やかに,伸びやかに育った。
 黙って家を守り,爪や肢にぎしぎしと鉛のような濁りをためこみ,最後に力尽きて死んでしまった彼(もしくは彼女)。

 死の瞬間は,仰向けになって肢や爪を伸ばした無様な姿ではなく,しっかり爪を顔の前においたファイティングポーズだった。

 ありがとう。

2004/04/08

サン=テグジュペリの機体確認される

5771 『星の王子さま』の作者,サン=テグジュペリの操縦した戦闘機の一部が,フランス南部マルセイユ沖で発見されたそうである。
(正確には墜落時の目撃者によっておおよその場所は知られていたのだが,その情報をもとに昨年引き揚げられた機体が,機体の製造番号から彼の乗っていた戦闘機だと確認されたらしい。)

 新潮文庫の堀口大學訳『夜間飛行』,『人間の土地』,『戦う操縦士』は,僕の知る限りでもっとも古めかしくも美しい散文翻訳の1つだ。体の中を小さな砂の粒が縦に横に通り過ぎてゆくような,そのたびに体が冷たい水のように透き通っていくような,そのような言葉のベクトル。過剰な比喩がもたらす,己がまだ得たことのないもの,決してたどり着くことのない地平への郷愁。

 サン=テグジュペリがロッキード社の戦闘機P38ライトニングで消息を絶ったのが大戦末期の1944年,つまりほんの60年前だと思うと驚く。その清冽な精神のあり方がこの「現代」のほんの手前に記されたことに驚く。

 新潮文庫の表紙は数年前に著名なアニメーターのイラストに差し替えられた。
 言うまでもなく,一人の夜に手に取るならそれ以前のものにしたい。宮崎駿の作品は嫌いではないが,あの砂漠の処女地に点点と落ちている涙の形をした黒い隕石を描いた『人間の土地』の表紙を飾るには夾雑に過ぎる。

  林檎の木の下にひろげられた卓布の上には,林檎だけしか落ちてこない。
  星の下にひろげられた卓布の上には,星の粉しか落ちてこないわけだ、……

(『人間の土地』 堀口大學訳)

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