コンビニの棚の前で我を高みにいざなう聖性 「Jupiter」 平原綾香
【愛を学ぶために 孤独があるなら 意味のないことなど 起こりはしない】
その歌を初めて耳にしたのは昨年の暮れ,たしかときどき立ち寄るブックオフ2Fの文庫コーナーでのこと。清水國明のにぎやかな宣伝歌のあと,この曲が始まったときは,一瞬空間がゆがんだかとさえ思った。
もっともその瞬間の「頭」の反応は,小柳ゆきがK-1のオープニング用にアメリカ国歌を歌ったのかしら,とかいったものだったけれど。
その歌,「Jupiter」を歌っているのは平原綾香という新人。祖父,父ともにミュージシャンという音楽一家に育ち,高校を出たばかりの19歳とか。原曲はホルスト『惑星』から「木星」の一部をモチーフに,日本語の歌詞を付したもの。
その後,コンビニ等で何度か耳にするうちに気になって気になって,矢も楯もたまらず(←これは「木星」ではなく「火星」のイメージだが)マキシシングルを購入してきた。
……ところが,自宅でじっくり聞いてみると,これがコンビニで聞くほどにはよろしくない。
「木星」をリメークしたコンセプトは見事だし,歌も上手い(残念ながら宇多田ヒカルほど存在感があるわけではないし,ミーシャほど切れるわけでも,小柳ゆきほど揺さぶりをかけるわけでもない。息継ぎ音も気になる。が,新人としては十二分な唱力と言ってよいだろう)。すべてにおいて平均点以上,そのうえあの荘厳な雰囲気,意味深な歌詞……。
それでもやはり,コンビニで聞いたほうがよく聞こえるのだ。
たぶん,それはこういうことなのだろう。コンビニエンスストアという,是も非もなく「俗」な空間,そこでカップ麺やらカテキン茶やらアロエ入りヨーグルトやら青年誌やら潤滑ゼリー付きコンドームやらをレジに並べて釣銭をまるめようと財布を開いたところに静かにこの曲が始まる。すると,聞き手は一瞬にして雑然としたレジの前からある種の「高み」にすっと引きずり上げられてしまうのだ。
目と鼻の先のプチ食欲や性欲をコンビニエントリに処理して済ませんとする自分の耳をつまんで,その音は自分の内奥をいきなり透明に洗い上げ,静謐な境地を垣間見せてくれる,そんなふうに思われるのだ。
ところが,自宅のごく普通のオーディオ機器でそれを流すとき,この曲は単なる「ちょいとコンセプトの巧い,新人の佳曲」に過ぎなくなる。
たとえば宇多田の「COLORS」や元ちとせ「ワダツミの木」のように,繰り返し聞けば聞くほどに胸のうちで大きな領域を占める,そういったレベルの楽曲ではない。そのうち,心に残ったのは,実はそもそものホルストによる原曲のメロディであることに気がついたりもする。
結局のところ,平原綾香の「Jupiter」が与えてくれる音のシャワーは,コンビニや古本屋といった有線放送の似合う空間でだけ,生活の向こう側のありようを指し示してくれる「聖性」なのかもしれない。
ただし,それはそれで得がたいものであることもまた事実。
安ホテルのシャワーなどより格段に心を洗ってくれるものが,少なくともそこにはあるのである。
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