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2003/12/01

読むのに時間がかかった本 『蔭桔梗』 泡坂妻夫 / 新潮文庫

417【静乃は眩しいようなあどけない笑顔を見せた。】

 読むのに時間がかかった,どころか,実はまだ読み終えていない。

 発行が平成五年二月とあるから,かれこれ十年近くもの間,通勤の鞄の中と本棚の未読コーナーを行ったり来たりしているということになる。我ながら,少々情けない。

 別に晦渋な学術書でもなければ,両手に重い超大作でもない。たかだか300ページに満たない文庫本に,収録短編11作品である。悪文で不評轟々というわけでもなく,実は作者の(遅めの)直木賞受賞作にあたる。
 だが,しかし……なぜかページを繰る手が止まってしまうのだ。

 泡坂妻夫のトリックはすごい。そのトリックを提供する展開がすごい。その展開の合間にほの見える人間関係に妙にほろほろと苦味があって,いわゆる「行間を読ませる」ところがすごい。
 デビュー短編を含む『亜愛一郎の狼狽』1冊だけで,作者がこの国のミステリ史上,最高の業師であることは明らかである。かと思えば,とことん設定で遊んだように見える初期の長編『乱れからくり』に登場する女探偵・宇内舞子の堂々たる存在感はどうだろう。彼女の過去については何一つ描かれていないにもかかわらず,両の腕を伸ばして抱えなければとても相手できそうもない,その肉の厚み。

 そんな泡坂妻夫が直木賞を受賞したのがやはりミステリではなく,紋章上絵師としての人情譚でだった,それが悔しい。作者当人がどう考えるかは別として,「失われゆく江戸情緒」を評価されて直木賞を受賞したのなら,亜愛一郎や宇内舞子,あるいは最近は初期の論理の妖艶さを失ってしまったとはいえ,奇術探偵 曾我佳城の価値はいったいどうなってしまうのか。

 いや,もちろんそれはミステリやSFになかなか賞を与えようとしない直木賞の選者,出版社側の問題であり,一方で初期のタッチを見せてくれない作者の作風の変化によるわけだが,それにしてもアクロバティックな魅力を失ってしまった泡坂妻夫,それにもかかわらず相変わらずほめてばかりの解説担当者たちの情けなさ。

 誰か,「読みたいのは,こうではなくて,こういうのではなくって……」とはっきり泡坂妻夫に提言しないものか。

 もちろん,『蔭桔梗』に収録されているような,紋章上絵師など古い技術にかかわる人々をしっとりと描き上げた作品がつまらない,というのではない。主人公が作者と同じ紋章上絵師であるからと,すなわち私小説的に日々の出来事を淡々と描いたのだろうなどと微温なことを想像するつもりもない。
 それぞれの作品にはそれなりに苛烈な設定やアイデアがこめられているのもまた事実であって,『蔭桔梗』収録作では,「竜田川」や「くれまどう」にその魅力を感じる。しかし,表題作の「蔭桔梗」そのものは,それほど褒めちぎるべきものだろうか。あるいは最近の長編で,読み終えたとたん最初から読み直したくなるような作品があっただろうか。

 などということを思いつつ読んでいると,なんだか没頭できずに短編の一つ二つ読んだところでまた本棚に戻してしまう。数ヶ月,あるいは数年して再度取り上げたときには,その空気になじむためにまた最初のページからめくることになる。
 いったいいつになったら読み終えることやら。

 ちなみに,出版された作品はほとんど読んでいるはずの泡坂妻夫なのだが,この『蔭桔梗』以外にもあと2冊,どうしても読めない「本」がある。
 1冊は長編『写楽百面相』,江戸中期の浮世絵師・写楽の正体をめぐって……ということのようだが,どうも文体だか冒頭の展開だか,あるいはその両方になじめず,これまた鞄と本棚を何度も行きつ戻りつしている。
 もう1冊は『生者と死者 酩探偵ヨギガンジーの透視術』……これを読めていないのは自分が悪い。出版されてすぐにもう1冊買っておくべきだった。これは,手元に2冊ないと,読むわけにはいかない類の「本」なのである……。新潮文庫ではとうに絶版,再販の気配もない。実に困っている。

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