読むのに時間がかかった本 『[完全版]夜の画家たち 表現主義の芸術』 坂崎乙郎 / 平凡社ライブラリー
【「いや,これはエクスプレションなのだ」】
『東海林さだおのフルコース “丸かじり”傑作選』のところでは,「ベッドに入ったところでまず少々重めの本を選んで読んで1時間,2時間,微妙に眠くなったところですかさず本書に切り替えて」と書いた。その「重めの本」の1冊として長きにわたり一種の就眠儀式の台本として君臨してきたのが,この『夜の画家たち』である。
本書は,印象主義の少し後から主にドイツを中心に花開いた「表現主義」の画家たちを取り上げた論評集なのだが,これがもう,絵画についての書籍としては実に重い。重いというより,はっきり言って熱苦しい。
なにしろ表紙カバーの惹句からして
激しい感情表出,死とエロスの,霊と肉の,赤裸々な相剋を伝える緊張と孤独──。
北欧のムンク,スイスのホードラーを先達とし,ドイツの土壌に開花した表現主義の運動。
カンディンスキー,クレーを育む現代絵画のひそかな間道としての表現主義芸術を照射する。
といった具合。
取り上げられた画家も,ムンク,ホードラー,ココシュカ,キルヒナー,ノルデ,ベックマン等々,ヒゲ剃りの後が青々とした(?)こゆいお歴々が並んでいる。後半に登場するカンディンスキーが軽くさわやか!に感じられるのだから,トータルの密度,濃度たるやご想像いただけるのではないか。
本書から無作為に──いや修辞としてでなく本当に行き当たりばったりにページを繰って──その濃さを示す表記を求めてみよう。
-----------------------------
闇夜にも似た運命のただ中に浮かび,たえず存在の不安におびえながら,仕事する繊細な腕と対決し,ときに憔悴し,ときに苦渋しながらも,感じ,悩み,愛する人間へのきびしい洞察を,カンヴァスの上に不敵に描き出した生涯こそ,おそらくムンクの生涯だったのではあるまいか。(ムンク)
自然が,その奥行の全容をうつしだす水の深さを待ってはじめて立体的に,ひとつのまとまりをもった実体としてとらえられるものだとすれば,同様に生もまた,死の深淵に影をうつしてはじめて,その真相をあきらかにすることができるのではあるまいか。(ホードラー)
印象主義という精神的な遺産をまったくもたないこのドイツの女流画家と詩人とが,この遺産を継承し,これに大きな修正をこころみるセザンヌに血縁を感じたという事実。(モーダーゾーン=ベッカー)
ノルデの宗教的な作品が,往々にして信仰と狂気,正教と異端,神と悪魔とのあいだの間一髪の綱わたりであると評せられ,みる者に,あきらかに霊と感性とのアンバランスを感じさせるのは,どういう理由によるものであろうか?(ノルデ)
ココシュカの探求が,事物の本質的な形体や,それの造形的な秩序の把握をめざすものではなく,もっぱら主観の対象への投入と,それによる事物の象徴的な把握から出発していることは疑いのないところだ。(ココシュカ)
微小なもののなかにひとつの宇宙をみようとする,あるいは単純な表現に深い体験を暗示する象徴性こそ,彼の作品を支える最大の秘密である。(クービン)
-----------------------------
……ご覧のとおり,著者の目には,画家の作品など映ってはいない。
ここにあるのは,画家が描きたかった(つもりの)もの,それを著者が読み取った(つもりの)ものばかりである。是非はともかく,少なくとも絵画作品とは別の次元の話だ。
そもそも,もし一個の絵画作品を評価するのにこのようなテキストが必要なのだとしたら,それは絵画の敗北である。
逆にいえば,たとえばムンクの作品は,このようなくだくだしい説明なしに,あの言いようのない不安,虞れ,それらに挑む画家の生きざまを感じさせてくれるからこそ素晴らしいのだ。
結局,このようなテキストは,その画家,あるいは画家たちがまだ十分に知られていない時期には一種の啓蒙の役割を果たすかもしれないが,一歩違えば予断を押し付けることになりかねない。
先に引用したテキストが,いかにも学校の入学試験に引用されそうな,そんな雰囲気が立ち込めるのは,だから決して偶然ではない。
問1 著者はムンクの生涯をどのような生涯だと述べていますか。句読点を含む三十字以内で答えなさい。
問2 ココシュカの探求について,下線部「それ」は何を指していますか。
問3 クービンの作品を支える最大の秘密について,下線部と同様の意味で説明されている部分を本文中から抜き出し,最初と最後の5文字で答えなさい。(完全正答)
などなど and so on...
絵画作品に向かう際,こういった読解の技術は不要でこそないが,必須というわけでもない。少なくとも,表現主義の画家たちの作品に相対するのにこんなテキストが必要かと言われれば,それは疑問である。
ただ,ベッドで手にする本書には,別の魅力があることもまた事実である。
本書で取り上げられた画家たちの多くは,ムンクやカンディンスキー,クレーら一部を除けば,概して非常にメジャーとは言いがたい。そして,本書ではそれぞれの画家の作品をいくつか口絵として紹介してはいるものの,いずれもモノクロ,それもあまり精度のよくない小さな写真である。
だから,本書を読むことは,まだ見ぬ異国の画家の作品についてのびのびと──もとい,著者によるがんじがらめのルールの中で──想像力を働かせる,ということだ。
たとえば,キルヒナーの「画家とモデル」という作品について,著者が「眼のさめるようなオレンジ色の布地に濃いブルーの横縞の入っているガウンの色彩が,ほとんど画面を決定している」と述べるとき,(その作品を印刷物においてすら見たことのない)読み手は,まざまざと画面の左半分を覆うオレンジと濃いブルーのガウンに圧倒される。これは素晴らしい絵画体験である。
……あとでインターネット上でこの作品の画像を発見して,「眼のさめるような? どこが?」とがっかりすることはあっても。
あるいは,マルクという画家についてはよく知らないのだが,本書にて語られるその作品はひどく魅力的に思われる。ナチスから頽廃芸術の烙印を押されて消息を絶ったとされる「青い馬の塔」はことに心を洗う。
塔を形成する四頭の馬の眼は,敬虔で神秘の光を放っている。
ベッドの中で本書をひもとき,そしてこの世にもう存在しないとされる作品の馬の眼の「敬虔で神秘の光」にため息をつき……。
だが,それは結局のところマルクの作品であって,マルクの作品ではない。本書にとって,「夜の画家たち」は,はたして実在する必要はあったのだろうか。それとも。
« ドーナツブックスいしいひさいち選集 37『蜜月マーヤの暴言』 いしいひさいち / 双葉社 | トップページ | 読むのに時間がかかった本 『ばってんBOX(1)』 笈川かおる / 集英社ヤングユーコミックスワイド版 »
「芸術・美術」カテゴリの記事
- 『世界奇想美術館 異端・怪作・贋作でめぐる裏の美術史』 エドワード・ブルック=ヒッチング、藤井留美 訳、田中久美子 日本語版監修 / 日経ナショナル ジオグラフィック(2024.06.10)
- Vorne und Hinten 『ヒトラーと退廃芸術 〈退廃芸術展〉と〈大ドイツ芸術展〉』 関 楠生 / 河出書房新社(2024.06.03)
- 『眞贋のはざま オリジナルとコピー』 西野嘉章 / 平凡社(2024.05.09)
- 最近読んだ本から『カモフラージュ』『サカナとヤクザ』『隠れ名画の散歩道』(2021.11.04)
- 『マン・レイ 軽さの方程式』 木水千里 / 三元社(2021.08.05)
« ドーナツブックスいしいひさいち選集 37『蜜月マーヤの暴言』 いしいひさいち / 双葉社 | トップページ | 読むのに時間がかかった本 『ばってんBOX(1)』 笈川かおる / 集英社ヤングユーコミックスワイド版 »


コメント