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2003/09/16

最近読んだコミック その三 『頭文字D(27)』『蟲師(1)~(3)』

102『頭文字D(27)』 しげの秀一 / 講談社(ヤングマガジンKC)

 今夜はどのテレビ局も,阪神の優勝シーン一色(正確には黄色と黒のタテジマ二色)だった。
 一球団の優勝がこうまで一般報道を圧するのは,永田町の猿芝居では視聴率が取れないという事実はさておき,今さら言うまでもないが18年ぶりの,それもその間ほとんどBクラスにあえいだチームだから,という要素があるからに違いない。

 要するに,高揚するためには「反動」が必要なのである。引っ張ったり押し縮めたりしてこそ,バネははじける。御託を連ねるまでもない当たり前のことで,スーパーマンは日ごろはメガネをかけた冴えない新聞記者クラーク・ケントでなくてはならない,それだけのことだ。

 ヤングマガジンという雑誌で比較的地味に始まった『頭文字D』の強烈なインパクトは,その「反動」から得られるものだった。
 藤原拓海は四六時中ぼーっとしている,部活は先輩を殴って退部,そのきっかけとなった女の子とはロクに口もきけない,「藤原とうふ店」と書かれた素のハチロクで最新の強力な車とバトルするハメに陥る,等々と,およそヒーローらしからぬ主人公である(もちろんマンガの主人公だから,見てくれは十分に二枚目なのだが)。ともかく初期の数巻は,そのパッとしない拓海が,並みいる強敵と峠のダウンヒルを闘っては勝ち進む,その「反動」がえもいわれぬカタルシスを誘ったものである。
 しかし,最近は冷静かつ攻撃的な群馬エリア最速のダウンヒラーとしてその名も響き渡り,愛車ハチロクもレース仕様のエンジンが積まれてパワー対決でひけをとらなくなった。『頭文字D』の初期からのファンは変わらず拓海を応援してはいるが,考えてみれば拓海にはもう応援など必要ないのである。

 プロのドライバーにも勝ってしまったプロジェクトD,今後読み手が納得できる壁はあり得るのか。勝ち続けるからついつい単行本を買ってしまいながら,そんな心配ばかり浮かぶ27巻であった。

『蟲師(1)~(3)』 漆原友紀 / 講談社(アフタヌーンKC)

 『蟲師』はアフタヌーン増刊,アフタヌーン本誌に発表されてきた連作短編集,現在3巻まで発売されている。作者の漆原友紀は女性だろうか?

 いつの時代,どこの国とも知れぬ世界で,「蟲」と呼ばれる原始的な生命体(それはカビのようであったり,オーロラや山の神のようであったり,言霊のようであったりする)と人々のかかわりを,ギンコという狂言回しの目を通して描く。
 それぞれの「蟲」の発想,造形はなかなか見事で,それによって人生を捻じ曲げられた人々の悲哀,あるいは復活をひっそりと描く筆のクオリティは非常に高い。
 しかし,これだけ好みの設定でありながら,なぜだか雑誌掲載当時から今ひとつ没頭しきれないものがあった。今回単行本を3冊通して読んでみて強く感じたのだが,この短編集はファンタジーでありながらどうも「意外性」に乏しいのである。

 『蟲師』の作品世界では,決して思いがけない事件は起こらない。
 平穏が続くとみえて急転直下悲劇が起こる,とか,朗らかな笑みの裏に暗い冷たい過去が,といった「反動」がないのだ。いかにも悲劇が起こりそうだなと読み進むと悲劇が起こり,まことに暗い過去がありそうだなと思われる人物にはたっぷり暗い過去がある。
 それでは心は波打たない。
 もちろん,作者の意図は角川ホラー文庫的絶叫世界ではない。ひたひたと溢れる静謐な悲哀感の描写を(おそらく)目的としている以上,必要以上の過剰過激な演出は無用である。しかし,静謐な悲哀感で読み手を満たすためには,やはりその前にいったんは心を泡立たせる必要があるのではないか。そうでないとその悲哀は表面的な皮膚感覚に終わってしまうのではないか。

 いくつか,本来ならとても切ない話が,あるいは底なしに恐ろしいはずの話が,さほど切なくも恐ろしくもないのは,やはり何か「ばね」が足りないように思われてならない。どうだろうか。

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