[非書評] 五大捕物帳
2週間も更新が滞り,「あのお喋りカラスめが,そろそろ我慢できずに新しいのをアップしているころであろう」とチェックに来ていただいた皆様にはたいへん失礼いたしました。このところちと「書評」などという御大層な取り上げ方にはそぐわない,ただのんびりと読書を楽しむ,そのような本の読み方ばかりしていたものですから……。
はい,この春の烏丸的マイブームは「捕物帳」なのでありました。
捕物帳には,「五大捕物帳」と称される一種の代表的な古典群がありまして,その作者,発表時期を縄田一男氏の資料をもとに紹介すれば,
岡本綺堂 『半七捕物帳』 大正六年~昭和十二年
佐々木味津三 『右門捕物帖』 昭和三年~八年
野村胡堂 『銭形平次捕物控』 昭和六年~三十二年
横溝正史 『人形佐七捕物帳』 昭和十三年~四十三年
城 昌幸 『若さま侍捕物手帖』 昭和十四年~四十三年
という具合になります。
いずれも読み物として有名なだけでなく,映画やテレビで再三取り上げられて広く知られるところですね。
烏丸がこの春,ムヤミヤタラと読み散らかしているのが,これらの捕物作品群なのですが,ところが,これらの原作を読んでみようとすると,意外や入手が難しい。
本家本領,古典中の古典,『半七捕物帳』は光文社文庫から新装版全6巻が発売されたばかりということもあり,さほどの苦労もなしに全作品が手に入るのですが,それ以外は全作通して読むのはなかなかたいへんそうです。
いや,そもそも『若さま侍捕物手帖』など,作者自身が長短篇併せて「三百に近いかもしれない」おびただしい作品数,しかもそれがいまだ作品リストさえ作成されていないとのこと。また,『銭形平次捕物控』はそれ以上の短篇数三八三を誇り(加えて長篇もいくつか)。『人形佐七捕物帳』も二百篇以上。
いずれにしても,文庫でさらりと発刊できるようなボリュームではありません。おのずと,ごく一部の代表作を集めたものでその世界をうかがうしかない。
また,『右門捕物帖』は時代小説の老舗,春陽文庫から全4巻が発行されているのですが,残念ながら3巻,4巻は現在品切れで入手できませんでした。もっとも,こちらはときどき増刷がかかっているようなので,オンライン書店などでこまめにチェックしていればいつかそのうち入手できるでしょう。
それにしても,時代小説専門老舗の春陽文庫はともかく,ここしばらくの光文社文庫の努力は光ります。半七,人形佐七,若さま,伝七など,入手しづらい捕物作品を新装で発刊してくれて嬉しい限り。もちろん,それでも全数百作品中の十作程度だったりするのですが。
さて,本来ならここでそれぞれの捕物帳の特徴を紹介したり,比較したりすべきかもしれませんが,まだほんの一部の作品しか読めていないこともあり,きちんと紹介するのは荷が重い。一種のメモレベルのコメントでお茶を濁させていただくことといたしましょう。はい。
半七……コナン・ドイルとほぼ同時代に生きた作者が,シャーロック・ホームズの魅力を日本に持ち込もうとした作品。江戸期の市井の風物や情緒を描いた点に特徴ありとよく言われるが,それ以上に端正で美しい日本語が魅力的。
右門……五大捕物帳の中でも最も「芝居がかった」名調子連発。たとえば地の文に「右門はどこまでもわれわれの尊敬すべき立て役者です」,右門の台詞に「のう,お弓どの,よくご納得なさるがよろしゅうござりますぞ。そなたがわたくしへの美しいお心根は,右門一生の思い出としてうれしくちょうだいいたしまするが,不幸なことに,そなたは豊臣恩顧のお血筋,わたくしは徳川の禄をはむ武士でござる」などなど。それにしても,「むっつり右門」のはずが,よく喋る,喋る。
平次……真犯人を明らかにしない事件多数。人情譚としてはよいのだろうが,検挙率はそれでよいのか江戸の民衆。
佐七……半七を真似た設定に作者得意のトリックをあてはめた,いうなれば定型的な捕物帳だった初期作品から,後期にはだんだん油がのって耽美,猟奇といった傾向が強まったように思われる。
若さま……身分も姓名も一切不詳の若さまが,酒を呑んでは快刀乱麻の大活躍。持ち込まれた事件を卓抜した推理力で解きほぐす設定は,バロネス・オルツイの著名なミステリ短編集『隅の老人』に想を得たと言われる。しかし,本作の魅力の本筋は,そういった推理の過程より,かつてのチャンバラ映画が持ち合わせていた底抜けの明るさ,豪放さではないか。事件が起こって「ハッハッハ!」,身を乗り出して「ハッハッハ!」,解決して「ハッハッハ!」,若さまの笑い声が実に楽しい。作者は日夏耿之介門下の詩人城左門として活躍したそうだが,詩人でありながら,他の4つの捕物帳に比べても格段に展開がノンシャラン,主人公若さまの口調がべらんめえといったあたりがまた魅力的。高笑い,春風駘蕩。
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