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2003年4月の2件の記事

2003/04/21

[雑感] 鉄腕アトムの誕生日

 「2003年4月7日は,鉄腕アトムの誕生日!」……というテレビや雑誌の笛太鼓に,一抹の寂しさを感じたのは僕だけだったろうか。

 2003年のこの春,いったいどれほどの子供たちが,本当にアトムのファンだったといえるのだろう。
 『鉄腕アトム』が国産初のTVアニメとして,当時の子供たちの胸を熱くした功績を否定するつもりはない。しかし,当時のアトムというキャラクターそのものの魅力はすでに過去のものとなり,今回のお祭りはどこか親が子供に自分の好みの人形を買い与えるような,そんな乖離を感じてならなかった。
 少なくとも,何度か試みられた,アトムという番組そのものの再放送,リニューアルはとくにヒットしていない。今回の誕生日イベントで,グッズの類は多少売れたかもしれないが,その多くは配り手の思惑によるものであり,ニーズがあったためではなかったのではないか。

 僕自身は『鉄腕アトム』を第1回めから最終回までリアルタイムで見ていることもあり,「アトム世代」と呼ばれることに違和感はない。実際,自分の中のある種の正義感,ある種の思いやりは,その一部が当時のアトムの独白に結びついているように感じられるのも事実だ。
 だがそれは,今となって,決して心地よい結びつきとは思えない。アトムの歩みは常に迷いの道であり,敗北への坂道であった。「心」というものにこだわって事態を複雑にするアトムの姿は,いうなれば,ブッシュのイラク攻撃に対してハンバーガーを食べないことで反戦を訴えたつもりになるような,どこか脆弱で,本質的には身勝手なものだった。
 それを人間的なドラマというなら,それは決して的外れではない。少なくとも,同時代の『鉄人28号』やのちの『仮面ライダー』に比べて,その内面,思索の深さは比較にならない。
 だが,深いからよい,というわけでもない。僕は手塚作品全般にただよう作者の妙なこだわりに,性的な,それも若干不健康なものを感じてしかたがない。たとえば子供に見せたいアニメというテーマで比較するなら,僕は文句なしに『ポケットモンスター』の明るさを選ぶだろう。

 ところで,『スターウォーズ』の世界観が,高速宇宙船で自在にほかに星に飛べることを除けば本質的に西部劇とそう変わらないように,アトムに登場する2003年の未来世界も,意外なほどに現実を超えてはいない。
 10万(のちに100万)馬力,自由に歩行し,腕のジェット,足のロケットで空を飛び,目や耳で状況を認識して人と会話できるというアトムという超常的なロボットそのものを除けば,壁掛けテレビ,大型旅客機,宇宙ステーションなど,質はともかくすでに実現しているものも少なくない(タイムマシンや瞬間物質伝送機など,破天荒な技術は登場していない)。

 逆に,コンピュータやネットワークについては,現実のほうがアトムの世界を格段に凌駕してしまった。
 子供から大人までが携帯電話を持ち歩き,その場で撮影した画像をメールで送信,ニュースの配信や商品の売買まで手元で手軽にできてしまう世界。
 アトムは最終回には地球を救うために太陽めざして飛び去るのだが,もしそれが2003年の出来事なら,ハードディスクのバックアップを取らなかったお茶ノ水博士は厳しく糾弾されてしかるべきだろう。

2003/04/14

[非書評] 五大捕物帳

42 2週間も更新が滞り,「あのお喋りカラスめが,そろそろ我慢できずに新しいのをアップしているころであろう」とチェックに来ていただいた皆様にはたいへん失礼いたしました。このところちと「書評」などという御大層な取り上げ方にはそぐわない,ただのんびりと読書を楽しむ,そのような本の読み方ばかりしていたものですから……。
 はい,この春の烏丸的マイブームは「捕物帳」なのでありました。

 捕物帳には,「五大捕物帳」と称される一種の代表的な古典群がありまして,その作者,発表時期を縄田一男氏の資料をもとに紹介すれば,

  岡本綺堂 『半七捕物帳』 大正六年~昭和十二年
  佐々木味津三 『右門捕物帖』 昭和三年~八年
  野村胡堂 『銭形平次捕物控』 昭和六年~三十二年
  横溝正史 『人形佐七捕物帳』 昭和十三年~四十三年
  城 昌幸 『若さま侍捕物手帖』 昭和十四年~四十三年

という具合になります。
 いずれも読み物として有名なだけでなく,映画やテレビで再三取り上げられて広く知られるところですね。
 烏丸がこの春,ムヤミヤタラと読み散らかしているのが,これらの捕物作品群なのですが,ところが,これらの原作を読んでみようとすると,意外や入手が難しい。

 本家本領,古典中の古典,『半七捕物帳』は光文社文庫から新装版全6巻が発売されたばかりということもあり,さほどの苦労もなしに全作品が手に入るのですが,それ以外は全作通して読むのはなかなかたいへんそうです。

 いや,そもそも『若さま侍捕物手帖』など,作者自身が長短篇併せて「三百に近いかもしれない」おびただしい作品数,しかもそれがいまだ作品リストさえ作成されていないとのこと。また,『銭形平次捕物控』はそれ以上の短篇数三八三を誇り(加えて長篇もいくつか)。『人形佐七捕物帳』も二百篇以上。
 いずれにしても,文庫でさらりと発刊できるようなボリュームではありません。おのずと,ごく一部の代表作を集めたものでその世界をうかがうしかない。
 また,『右門捕物帖』は時代小説の老舗,春陽文庫から全4巻が発行されているのですが,残念ながら3巻,4巻は現在品切れで入手できませんでした。もっとも,こちらはときどき増刷がかかっているようなので,オンライン書店などでこまめにチェックしていればいつかそのうち入手できるでしょう。

 それにしても,時代小説専門老舗の春陽文庫はともかく,ここしばらくの光文社文庫の努力は光ります。半七,人形佐七,若さま,伝七など,入手しづらい捕物作品を新装で発刊してくれて嬉しい限り。もちろん,それでも全数百作品中の十作程度だったりするのですが。

 さて,本来ならここでそれぞれの捕物帳の特徴を紹介したり,比較したりすべきかもしれませんが,まだほんの一部の作品しか読めていないこともあり,きちんと紹介するのは荷が重い。一種のメモレベルのコメントでお茶を濁させていただくことといたしましょう。はい。

 半七……コナン・ドイルとほぼ同時代に生きた作者が,シャーロック・ホームズの魅力を日本に持ち込もうとした作品。江戸期の市井の風物や情緒を描いた点に特徴ありとよく言われるが,それ以上に端正で美しい日本語が魅力的。

 右門……五大捕物帳の中でも最も「芝居がかった」名調子連発。たとえば地の文に「右門はどこまでもわれわれの尊敬すべき立て役者です」,右門の台詞に「のう,お弓どの,よくご納得なさるがよろしゅうござりますぞ。そなたがわたくしへの美しいお心根は,右門一生の思い出としてうれしくちょうだいいたしまするが,不幸なことに,そなたは豊臣恩顧のお血筋,わたくしは徳川の禄をはむ武士でござる」などなど。それにしても,「むっつり右門」のはずが,よく喋る,喋る。

 平次……真犯人を明らかにしない事件多数。人情譚としてはよいのだろうが,検挙率はそれでよいのか江戸の民衆。

 佐七……半七を真似た設定に作者得意のトリックをあてはめた,いうなれば定型的な捕物帳だった初期作品から,後期にはだんだん油がのって耽美,猟奇といった傾向が強まったように思われる。

 若さま……身分も姓名も一切不詳の若さまが,酒を呑んでは快刀乱麻の大活躍。持ち込まれた事件を卓抜した推理力で解きほぐす設定は,バロネス・オルツイの著名なミステリ短編集『隅の老人』に想を得たと言われる。しかし,本作の魅力の本筋は,そういった推理の過程より,かつてのチャンバラ映画が持ち合わせていた底抜けの明るさ,豪放さではないか。事件が起こって「ハッハッハ!」,身を乗り出して「ハッハッハ!」,解決して「ハッハッハ!」,若さまの笑い声が実に楽しい。作者は日夏耿之介門下の詩人城左門として活躍したそうだが,詩人でありながら,他の4つの捕物帳に比べても格段に展開がノンシャラン,主人公若さまの口調がべらんめえといったあたりがまた魅力的。高笑い,春風駘蕩。

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