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2003/03/03

ですます調のファンタジー 『伝七捕物帳』 陣出達朗 / 光文社文庫

431【十手術にかけては江戸一番といわれた伝七に腰を打たれては,さしものくま男もたまりません。】

 江戸一番の御用聞「黒門町の伝七親分」は,そもそも一人の作家によるオリジナルキャラクターではなく,昭和二十四年に設立された「捕物作家クラブ」(会長・野村胡堂)の会員による競作シリーズだったのだそうである。
 執筆を競った作家には『銭形平次捕物控』の野村胡堂,『人形佐七捕物帳』の横溝正史,『若さま侍捕物手帖』の城昌幸,そして『遠山の金さん』の陣出達朗らがあった。
 いわば「捕物作家クラブの共有財産」(細谷正充)だった『伝七捕物帳』が現在陣出達朗の作品とされているのは,彼がこの企画に深くかかわったことと,もっとも多くの作品を発表したことによる。

 「伝七」が捕物帳としてオーソドックス過ぎるほどにオーソドックスな設定なのも,おそらくかのごとき出自からかと思われる。逆に言えば,オーソドックスな骨組みに,当時の花形作家たちがバリエーションの腕を競った,それが「伝七」だったのだろう。
 テレビでは中村梅之助が「伝七」を演じたが,彼の当たり役だった遊び人・遠山の金さんの印象があまりに強く,また当時はほかのさまざまな名物時代劇が現役だったこともあって,インパクトは今ひとつだったように記憶している(梅之助が北町奉行・遠山左衛門尉,つまり遠山の金さんを二役で演じるなどの楽しみはあったが)。

 さて,光文社文庫『伝七捕物帳』は,陣出達朗の手による捕物譚を十篇揃えたもので,いずれもおおらかなエンターテイメント,肩のこらない娯楽読み物となっている。ストーリーそのものは荒唐無稽といえば荒唐無稽,ときには時代考証や物理法則さえ風呂敷に仕舞い込み,伝七にしても無類のスーパーマンぶりである。なにしろ廊下の縁の下にもぐれば「忍びの術を心得ていますから……座敷のうちの話し声をきくくらいのことは,ぞうさもない」,窮地におちいれば「剣法と,十手術をじゅうぶんに身につけている伝七のまえには,敵ではありません」といった按配。
 しようがないなあと苦笑いしながらも,ページを繰る手はとまらない。不景気だリストラだと世知辛い現在においても,いや,そんな時代だからこそ,シンプルな勧善懲悪に忘我の一時を過ごしたくなるというものである。

 なお,本作はいずれも「ですます調」で書かれている。師・野村胡堂の『銭形平次捕物控』にならったものと想像されるが,銭形平次に比べれば権力への反発,弱い者に寄せる思いなどの込められたいわば厳しく選ばれた「ですます調」ではなく,江戸時代ののどかさ,伝七や周辺の登場人物たちの温かさ,人なつこさ,そして「難しいことは考えず,くつろいでお楽しみください」といわんばかりの作者の姿勢が感じられる文体となっている。
 価値観の多様化によって,もはや「市井のヒーロー」は共有財産たり得なくなったとみなされて久しい。しかし,物語の作り手側がこの「ですます調」にあたる工夫を見失っているのもまた事実のように思われてならない。

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