最近読んだ本 そのニ 『クリムゾン・リバー』『はやぶさ新八御用帳 十 幽霊屋敷の女』『蒼いくちづけ』
『クリムゾン・リバー』 ジャン=クリストフ・グランジェ,平岡 敦 訳 / 創元推理文庫
以前から気になっていた作品。積ん読で1年放置して,ようやく読了。
「古い大学町周辺で次々に発見される惨殺死体。両眼をえぐられ,両腕を切断され…。同じ頃別の町で起きた謎の墓荒らし。二つの事件の接点は何か?」
設定は魅力的だし,早い展開もぞくぞく。読み始めると止まらない。墓荒らしに続く子供の写真をめぐる展開もウスラサムイ。
だが……最終章にたどりついたころには「なんだかな」と脱力感が沸くのもまた事実。
第一に,あまりにも映画化を狙いすぎた印象。元花形刑事ながら激すると前後の見境なくして度を過ごした暴力に走るニエマンス警視正はどう読んでもジャン・レノを意識しているとしか思えない(実際映画ではジャン・レノが演じている)。もう1人,アラブ人二世のカリム・アブドゥフ警部,彼がニエマンス警視正同様,暴力的な面と知的執拗さを併せ持っているのも,映像にはしやすいかもしれないが通してみると主人公がしぼれない印象。接点のなかった2人の暴力性,抱える闇の色が似かよりすぎているのだ。
第二に,事件を生んだ背景の「陰謀」だが……壮大なようで運任せ,そもそも幼稚園バスを乗っ取って地球征服,みたいなところはないか。キーワードがあまりに多すぎ,伏線が一気にまとまるのでなく説明的に終わってしまうのも残念。山ほどの伏線を片付けた力ワザを評価すべきかもしれないが,それよりむしろ伏線をしぼるべきだった。
それにしても……ジャン=クリストフって,あちらではよくある名前なのか?
『はやぶさ新八御用帳 十 幽霊屋敷の女』 平岩弓枝 / 講談社文庫
『はやぶさ新八御用帳』の主人公・隼新八郎は,南町奉行根岸肥前守鎮衛の内与力,つまり奉行直属の家臣である。
初期はその特異な立場,役分をベースに大奥にかかわる隠微な事件などを扱っていたのだが,最近は江戸市井の事件が少なくない。同じ作者の『御宿かわせみ』シリーズとの境界がどんどんあいまいになっているのである。おまけに当初は相思相愛のお鯉とのなさぬ仲が1つの焦点だったのに,お鯉が肥後守の身の回りの世話をするようになってからはその手の葛藤も途絶え,本書では当初添え物(ないしお鯉との恋仲の香辛料)のような存在だった妻の郁江との穏やかな関係を主題とした短編さえ用意されている。
いくら江戸時代とはいえ,男側に少々都合がよすぎやしないか。『御宿かわせみ』にも男に都合のよい局面はあるが,主人公はもう少し(現代風に)途方に暮れている。
ところで新八の上司の根岸肥前守鎮衛といえば『耳嚢』(江戸期の巷の怪談,奇談を蒐集したもの。最近『耳袋の怪』として角川文庫から抄訳が発行されている。お奨め。)の作者と思われるが,本シリーズ中には一度もそのような話題が登場しない。はて。
『蒼いくちづけ』 神林長林 / ハヤカワ文庫
神林長平。この名の周りには『遅れてきた……』というビラがひらひら舞っているような気がする。もし,この国のSFが質・量ともに最もパワフルだった時代に彼が間に合っていれば……。
もちろん,そのような「れば・たら」はあり得ず,彼の作風が国内外のSFの熟成と疲弊を受けてのものだということはわかっているつもりだ。それでも,彼におよそライバルといえる作家がいなかったことが悔やまれる。彼には強烈な資質があるが,素質の領域から次の領域に進まないと彼をあざ笑う,そんな圧倒的な存在は少なくとも彼の周辺には見受けられない。ほぼ同期にデビューした梶尾真治,森下一仁,岬兄悟,その時期にすでに作家としての地位を固めていたかんべむさし,横田順彌,山田正紀,高千穂遙,川又千秋……いずれも同じSF作家でありながら神林の作風とはおよそ異なり,互いの作風についての的確な議論が成り立つとすら思えない。
だが,当時,SFは撤退に次ぐ撤退の時期で,少しでも人気,実力のあるプロパーに期待するしかなかったに違いない。だから,『戦闘妖精・雪風』ほどのものを書きながら,神林はこの『蒼いくちづけ』のような作品も書いてしまう。依頼がきてしまう。
本作の出来が悪い,ということではない。
脳死を迎えた精神感応者ルシアの憎悪の念とテレパス犯罪者を追う無限心理警察刑事OZ……この設定は神林ならではのものであり,あちらこちらに彼ならではのゆがみ,ギミック,諦観と再生への希求力が見られる。
しかし,このラブロマンスはB級だ。B級がいけないなどということではない。いまやこの国に現役でA級のSFを書ける人間なぞ数えるほどしかいないのに,その1人がB級ラブロマンスに時間を費やすことが惜しいのだ。B級はB級のスペシャリストに任せておけばよいのだ。
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