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2002年6月の4件の記事

2002/06/23

論理とファンタジーのステンド・グラス 『サム・ホーソーンの事件簿II』『マン島の黄金』『気の長い密室』

95【ああいう連中は……愛か,死か,その両方の場合にしかこの世に戻っちゃこないんだからな】

 めっぽう忙しい。
 会議,ミーティング,会議の合間に,何百と届くメールを片付ける。終電で帰れそうだと安心しているとそんな日に限って何か事件が発覚する。自分の業務領分でないように思われても,招かれるとつい足を向ける。口をはさむ。そのうちトラブルが起こるととりあえずあの人に相談すればという風評がたつ。苦笑いしつつ,それを楽しんでいる自分がいる。
 出世とはあまり縁がないが,現場で頼りにされることに勝る喜びがあるだろうか。

 ただ,こうした生活では,どうしても長編小説をじっくり読むのは難しい。いきおい,短編集をポケットにしのばせ,寸暇を惜しんでぱらぱらめくるようになる。
 今夜は最近読んだミステリ短編集をいくつか取り上げてみよう。

『サム・ホーソーンの事件簿II』 エドワード・D・ホック / 創元推理文庫
 『サム・ホーソーンの事件簿I』,『革服の男』で濃度の高いカクテルのようなミステリ短編を楽しませてくれたホックの作品集。日本独自編集。と言っても,あと書きに木村仁良曰く「ただ十三編目から二十四編目までを並べただけ」。
 アメリカ,ニューイングランドの田舎町ノースモントを舞台に,田舎医者が不可能犯罪に挑む。八角形の密室で死体が見つかったり,衆人環視の中,一万ドルの債権の入った封筒が消えたりと今回もなかなか難題が並んでいるが,とくに,病院に駆け込んで死んだ男の心臓からは銃弾が摘出されたのに,体のどこにも銃創がなかったという「ジプシー・キャンプの謎」は出色。
 ただ,前作に比べるとやや機械的なトリックが目につき,謎もやや類型的に感じられた。ストーリーにおいてサム・ホーソーン医師当人に銃口が向けられたり,車が炎上したりするのはその反動だろうか。

『気の長い密室』 司城志朗 / ハルキ文庫
 不可能犯罪といえば密室,その「密室」という言葉がタイトルに用いられた短編集ということからホックのような本格短編を期待したが,実はファンタジー寄りのショートショート集という趣。目や耳や手足だけを貸し出すアルバイト,海の味がする人気のシチュー(この落ちは冒頭から読めた),食べても食べても外観が痩せていく女,モデルハウスで怪しい男に閉じ込められた女。若い学生アルバイトを主人公とする作品が続くなと思ったら,「フロム・エー」<東海版>に連載されたものとあり,納得。
 かつて,1970年ごろにはいろんな新聞や雑誌にこういったファンタジーともSFともミステリともつかぬショートショートがよく掲載されていたものだ。星新一,福島正実,小松左京,筒井康隆,都筑道夫といったSF,ミステリ界の大物はもちろん,今では作者名も思い出せないさまざまな作家たちが,そのアイデアを競い合っていた。あの熱気はどこにいってしまったのだろう。
 「時間」は当時のショートショートの大きなテーマの1つで,『気の長い密室』でも時間をテーマにしたものは読み応えがあるように思われた。あるときは甘く,あるときは苦く。

『マン島の黄金』 アガサ・クリスティー / ハヤカワ文庫
 新聞や雑誌に掲載されたきり埋もれていたクリスティーの作品群を発掘した作品集。たとえば表題作はマン島の観光協会が客寄せにクリスティーに依頼した一種の宝捜し企画で,正直,そう面白い作品とは言い難い。企画そのものもハズレというか盛り上がりに欠けたようだ。
 全体に若書きの(少々甘みのまさった)恋愛小説,のちに書き改められたポアロものなど,それなりといえばそれなり,二線級といえば二線級の作品が並ぶ。その中では坂田靖子がマンガにしそうな恋愛ファンタジー「孤独な神さま」が好ましく思われた。……などどうしてもクリスティーフリークや研究家以外にはお奨めできないような言い方になってしまうが,実は個人的には巻末の「クィン氏のティー・セット」一作でも十分楽しめた。
 ハーリ・クィンはエルキュール・ポアロ,ミス・マープル,おしどり探偵(トミーとタペンス),パーカー・パインなどと並ぶクリスティーのシリーズキャラクターの一人だが,彼は「探偵」ではないし,登場する作品も通常の「ミステリ」とは言いがたい。七色の虹を着飾ったような彼はまるでずっと以前からそこにいたかのように現れ,ただ何かの話題に静かに水を向けるに過ぎない。実際に過去の事件を解き明かしたり,これから起こるトラブルを防いだりするのは猫背の紳士,サタースウェイト老人だ。だがそれはいわゆる「推理」とは別のもので,あるべきものがあるように見えてくるに過ぎない。いや,事件や登場人物そのものがまるで幻のようなはかなさで,それはサタースウェイトから確かな人生の手応えを奪う行為のようにさえ思われる。『マン島の黄金』に収録された「クィン氏のティー・セット」でも,クィン氏が本当に登場したのか否か,彼が何をしたのかしなかったのかはよくわからない。彼のとぎれとぎれの言葉は,ときに詩的,哲学的でさえある。
 教会のステンド・グラスはきわめて宗教的な何かを示しているが宗教そのものではない。ハーリ・クィンはミステリにおいてそのようにある。

2002/06/16

追悼 『何が何だか』 ナンシー関 / 角川文庫

991【トシちゃんはこの暗闇の中どこへ行くのだろうか。】

 ナンシー関が亡くなった。

 「言葉を失う」という慣用句がある。僕たちは文字通りメディアのある一面を語る言葉を失った。今後もユニークなイラストレーター,批評家,エッセイストはそれなりに現れるだろう。しかし,ナンシー関に代わる存在は現れないだろう。
 訃報に際して自殺ということがすぐ想起された。それはいかにもナンシー関らしいことのように思われたが,同時に最も彼女らしからぬことのようにも感じられた。
 最後の作品ではなかっただろうが,最近の週刊文春のコラムの消しゴム版画にたまたま「ごきげんよう」という言葉が彫られていたのも心に痛い。

 ナンシー関については,ここでも何度か取り上げた。拾い返すと『何もそこまで』から『テレビ消灯時間1』にかけて,つまり1995年から1996年にかけて,彼女が例の文体と思索の方向性を完成させ,その後,2000年以降はやや生彩に欠けるように思われた。
 最近はいわゆる「大食い」番組を取り上げることが少なくなかったが,どうも焦点が絞れず,読み手としては若干フラストレーションを感じざるを得なかった。正直にいえばここしばらくのコラムには微妙な「疲れ」が感じられた。たとえば川島なお美や神田うの,相撲の花田家を素材にした時期と比較すれば,最近のコラムがシャープさに欠けていたことは明らかだろう。
 だからこそ,待っていたのだ。次のステップを期待していたのだ。毎週いくつかの週刊誌をめくっては楽しみにしていたのだ。

 これ以上書けることはない。彼女の過去の作品について,言葉に出来ることはすでに書いてしまった。今はただ,僕たちが喪ったものを惜しみたい。

2002/06/09

紀文,ハンペンだ! 『B型平次捕物控』 いしいひさいち / 東京創元社

B【行くぜハチャトゥリヤン!】

 おっとっと,あぶねぇあぶねぇ。
 この俺としたことが,天下のいしいひさいちの新刊を買い損ねるところだった。なにしろこのタイトル,一九九一年に竹書房から発行された『B型平次捕物帳』の再販と思うじゃねぇか。よく見りゃ竹書房のは『捕物』で創元社のは『捕物』,中身もぜんぶ単行本未収録ときたもんだ。

 それにしても,さすがはいしいひさいち,
  「おやぶんてーへんだ!
   日本橋の信州屋に押し込み強盗が入って一家皆殺しですぜ」
  「なにッ
   行くぜハチ!」
  「ガッテンだ!」
  「おまえさんっ カチカチ」
たったこれだけをネタに,十年経っても引っ張る引っ張る屋根屋の褌,目黒の蕎麦屋。普通はこれだけワンパターンならあきられるのが相場ってもんだが,どういうわけかいまだ笑えることにゃ変わりがねぇ。いったいどうなってるのかねぇ。

 ところで,前作,本作と,このB型平次シリーズで案外と知られてないのが四コマの切れ目に使われる「寛永通寶」アイコンだ。
 添付の表紙なら「親分大変」と書かれたあれだが,数ページに一度出てくるこいつがたまらねぇ。いしいひさいちは本人を筆頭とする工房だってぇのが巷の噂だが,その並々ならぬセンスが,その四文字熟語選択にも現れてやがる。

  全身倦怠
    新井将敬
  尿管結石
    会社負担
  脱脂粉乳
    西本願寺
  号外号外
    洗浄便座
  徒歩25分
    妊婦体操
  大家政子
    北部同盟
  意味プー
    腔腸動物
   :  :

 どうでぇ! ……と言われても困るだろうが,そういうわけで,

  「微分積分,底辺だ!」
  「行くぜハチ!」
  「小数点だ!」

 ……もう一丁,

  「いくぜハイジ!」
  「アルペンだ!」

2002/06/03

子どもたちの夏のために 『ぼくがぼくであること』 山中 恒 / 角川文庫

81【ヒデカズッ! 夏代がすきか?】

 コマーシャリズムの中で多用される「本当の自分」という言葉はおよそ信用ならない。ワイドショーの「衝撃の真実」の「真実」度合いといい勝負だ。
 なにしろ「本当の自分」とまったく同じシチュエーション,文脈の中で使われる言葉が「いつもと違う自分」だし,その実マスコミに「踊らされている自分」だし。

 今さらどうしてこんな言わずもがなのことを持ち出すかといえば,最近,たまたま別の場所で二度にわたって「本当の自分」という言葉を耳にしたためである。いずれも,およそ信頼するには足りない人物の口から。

 P君はグループ内の別会社から出向でやってきて2か月,見事なまでに使い物にならない。口は達者だが,何をやらせても完結しない。出向元に問い合わせてみたところ,周囲に面倒な仕事を押し付けて仕事をしている振りを重ねてきたが,そのうち当初配属されていた部署から出され,次の部署でもものにならず,もう一度チャンスを与えるために出向させた,といったところらしい。
 彼の場合,上司の前ではそこそこ殊勝だが,いなくなると途端に態度が豹変し,それが周囲の者のモチベーションにまで影響を与えているため,やむなく注意したところ,「反省している」「自分は力不足」などと並んで出てきた言葉が「本当の自分」だった。
 要は出向元の前の前の部署で仕事をしていたときが「本当の自分」であった,ということらしい。そこでの勤務態度が問題視されて──早い話が職業人として使い物になっていないために──よそに出されたという認識がないのである(会社の経費削減などの方針のためにやむなく異動させられた,と考えているらしい)。

 一方のQ君は,P君よりもう少し年かさで,今は小さな会社の社長である。私的な集まりで久しぶりに会ったが,相変わらずそのテーブルの話題の主でなくては気がすまない。尋ねもしない知識や,人生訓を次から次に披露してくれる(ときどきは,目の前の相手の専門業種についてまで説教が繰り広げられる)。だが,Q君の「会社」とやらが四半期で黒字になったことがなく,資金について父親,生活において母親の面倒をずっと受けていることは仲間打ちで知らぬ者もない。
 そんな未婚の彼がその夜声高に主張したのが教育論で,「本当の自分」を実現するためには会社に使われる身分になったのでは駄目だ,独立して社会を相手に働かないと仕事について本当のことは何一つわからない,そういった話である。

 P君,Q君の雰囲気,キャラクターは,およそ似ても似つかない。が,一方,現状認識がとんでもなく甘い点など,妙に通じるところもある。彼らに共通しているのは,そこそこに高い学歴を誇り,世間一般でいえば良家に育ち,不自由なく育った,ということだろうか。
 ……だとすれば,子の親として,P君やQ君のような「大人」に育てないためには,いったいどうすればよいのか。
 正解があるとは思えない。しかし,指針だけはなんとなくある。

 山中恒の『ぼくがぼくであること』は,小学校高学年の子どもたちに,「読ませる」のではなく,ぜひとも「出会って」ほしい1冊だ。

 『ぼくがぼくであること』の主人公,小学六年生の平田秀一は名前に「一」が付いているが三男である。良一,優一,稔美,秀一,マユミの兄弟の中で,一番出来が悪く,学校でも家でもしかられているばかり。そんな秀一が,夏休みのある日,ひょんなことから軽トラの荷台に乗って家出をしてしまう。そしてひき逃げ事件を目撃し,同い年の少女・夏代と出会い,武田信玄の隠し財宝の秘密に巻き込まれ……。
 家出をめぐるさまざまな事件,さまざまな人々との出会いが,秀一をしかられるだけの子どもから,一本スジの通った少年に変えていく。そして同時に,教育ママの牛耳る平田家は少しずつ崩壊していく。

 本書から読み取れることは,実にシンプルなことだ。
 思春期を迎えた子どもはどこかで,自分の意思で物事を考え,生活することを知らなければならない。往々にしてそれは,親の期待に,あるいは親そのものに背く形で実現する。
 昭和40年代という時代を反映して,本書には,第二次世界大戦中の社会の罪,戦後の若者の無軌道,さらには学生運動などが重いテーマとして盛り込まれている。だが,荒っぽくても,痛みがあっても,自分で考え,自分で選ぶ以外に「ぼくがぼくであること」にいたる道はないのだ。

 本作は,昭和42年の「六年の学習」(学習研究社)に連載され,のちに大幅に加筆修正されて実業之日本社から発行された。
 我が家の納戸の段ボールには今も「六年の学習」版が切り抜きで保存してある。ちなみにそれは自分の学年のものでなく,従姉の「六年の学習」を一式譲り受けたときのものだが,切り抜いて取っておくほど子ども心にも何か大切なものが詰まった印象があったのだろう。

 現在角川文庫版を読み返してみると,「六年の学習」版に比べ,後半,平田家が崩壊していくさまが強調されている。作者にしてみれば戦後~高度成長期における社会の混乱や家庭の崩壊を描き込むためだったのだろうが,その分,秀一のひと夏の成長,そして夏代への淡い思いは味わいが弱まってしまったような気がしないでもない。
 僕にとっては,「六年の学習」版のシンプルだが鮮やかな秀一の「夏休み」が,ささやかな「ぼくがぼくであること」への転機だったように思う。
 願わくば,愛しい世界中の子どもたちが,彼らの夏代と出会い,彼らの「まるじんの正直(まさなお)」と闘い,父や母を踏み越えていかんことを。

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