フォト
無料ブログはココログ

« 2002年4月 | トップページ | 2002年6月 »

2002年5月の3件の記事

2002/05/27

待望の「ROCKS」収録 『山下和美【短編集】』 講談社

70【バーコード立ってるよ やっべ──よ】

 第二次世界大戦後,世界の文学や音楽,絵画は,自分たち専用の「主義」「イズム」を持つことができないでいる。
 「浪漫主義」「写実主義」「自然主義」「印象主義」「超現実主義」,これらはいずれも一つか二つ,あるいはそれよりずっと以前の世代のアイテムだ。「実存主義」は事実上サルトルの個人所有物だったし,「構造主義」は盛り上がる前に沈んでしまった。残るは「事なかれ主義」と「ご都合主義」「教条主義」くらいのものだろうか。

 文芸に「主義」「イズム」が必須だなんて主張するつもりはさらさらない。徒党を組むのは苦手だし,不出来な作品について余計な言いわけを読まされるのは不愉快だ。だが,同じ作品が書かれ,描かれ,演奏されるとき,その背後になにやら大きな重い思潮のうねりがあるということそのものはそう悪くない。賛同するのはもちろん,同じ否定するのでも,その大きなうねりと闘っていると思うほうがファイトが沸く。

 正直,1960~70年代の「ロック」には期待していたのだ。リズム&ブルースやロックンロールの上にビートルズがカラフルな色を付け,フロイドやクリムゾンが意味の味わいを載せ,ツェッペリンが切り裂き,パンクが余計なモノを捨てたあたりまでは,ひょっとしたら,と思っていたのだ。
 だが実際は「ショウビズ」「ロック産業」の色合いが世界中を覆い尽くし,従来文化の語彙をもって繰り返し語られる批評はファンダムの域を越えず,結局は多少とんがった流行歌に終わってしまいそうだ。

 結局ロックは「様式」に過ぎないのかもしれない。バロックやロココやモダニズムが思潮に至らないのと同じようなレベルで。
 だから,ロックを語るには,より確かな「様式」という視点が必要なのかもしれない。

 『山下和美【短編集】』収録の読み切り中編「ROCKS」(モーニング '99年18号掲載)は,その意味で,実にロックの様式を明確に示してくれる。

 本編の主人公は頭頂がバーコードで腹が出た冴えない中年サラリーマンである。彼は会社をクビになり,職探しもままにならないまま一日電車に乗って過ごし,息子からもうとんじられる。だがある日,30年前のバンド仲間アキラがいまだ現役であることを知り……。

 最後のシーン,バーコードおやじがステージに現れ,ビジネススーツでベースを弾きつつシャウトするシーンは鳥肌が立つほど壮絶で,切ないまでの魅力にあふれている。その数ページは,かつて描かれたあらゆるコミック作品,文学作品の中でも,ロックの様式の本質にもっとも迫ったものの1つのように思われてならない。ギターやベース,ドラムの擬音が一切描かれていないのも見事だ(40ページにわたって一切セリフや擬音を排除した『Slam dunk』(井上雄彦)のクライマックスを思い起こさせる)。

 だが,このシーンの見事さは,逆にロックに欠けているものもまた教えてくれる。
 たとえば成熟,たとえば結晶,たとえば思索,たとえば沈黙。
 いや,そのような欠落と,欠落ゆえの饒舌こそがロックの様式の本質だ,と言い換えるべきなのか。

2002/05/21

古い写真 <eclipse>

24_2 一枚の,古い,小さな写真がある。五十年ほども昔のものだ。

撮影者の趣味だったそうで,その写真は手作業で現像され,やがて煙草に焦げ,しわがより,赤いインク黒いインクで汚れてしまった。撮影者の文机の引き出しに長い間放り込まれていたせいだ。

小さな庭の地面に,木漏れ日があふれている。その光が,いずれも三日月形をしている。日蝕なのだ。

ところで太陽光は,地球からの距離が充分に大きいため,ほぼ平行光であるとされている。だからこそ,高く飛ぶ鳥の影も道に鮮やかなのだ。

だとすると,日蝕の折りの木漏れ日が三日月の形になるなんて,本当だろうか。
折りがあれば聞いてみようと思っているうちに十年が過ぎ,二十年が過ぎ,三十年が過ぎてしまった。聞いてみたくても,撮影者はもういない。どこに行ったのか,わからない。

2002/05/06

シリーズ 怖い本 その八 『放送禁止歌』 森 達也 著,デーブ・スペクター 監修 / 解放出版社

21【……皆,自分の頭で,言葉で,考えようとしていない】

 15年前,1987年5月3日。兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に目出し帽の男が押し入り,散弾銃を2発発射。記者2人が死傷。9月24日には朝日新聞名古屋本社寮でも散弾銃による被害があり,この2事件は警視庁によって「広域重要事件116号」と指定された。
 のちに朝日新聞を「反日」「日本民族を批判する者」として攻撃する「赤報隊」名の声明が届くが,その後捜査は進展せず,今年5月には時効を迎えた。

 この朝日新聞支局襲撃事件を言論封殺型のテロ事件とみなすのはしごくもっともなことであり,毎年5月になると繰り返される
 「自由な言論・報道を暴力で封じ込めようとした卑劣な犯罪」
 「民主社会揺るがすテロを許すな」
といった論調に疑義をはさむ者は少ないに違いない。

 だが,1つの事件に同じ方向からのコメントばかりが掲載されるのは,本当に「自由な言論」の顕れなのだろうか。
 「記者を無差別に殺傷したくなるほど嫌われた朝日新聞」
 「対立する主張者たちがテロに走らざるを得ないほど,実際にテロ行為がなされても何も変わらないほど権力化したマスメディアの圧力」
 もちろんこれは一種の冗談であり,これらがフェアであるなどと主張するつもりはない。まして銃を手にしてのテロ行為そのものを是とするつもりもさらさらない。
 それでも,15年間の間繰り返され続けた「銃口は言論の自由を圧殺しようとした」系の論調ばかりに,いい加減うんざりしているのも事実である。たまに,気まぐれでもよいから,この事件を話題にしつつ「そりゃぁ,朝日の記事は片寄っているとよく言われるが」とか,「言論の自由とか言っても,商売にならない記事が載らないのもまた事実だが」とかいった証言の1つくらいあってもよさそうなものではないか。

 今回取り上げる『放送禁止歌』は,そんな大手マスメディアがなかなか取り上げようとしないこの国のある一面を取り上げたノンフィクションである。

 かつて,「反体制」という言葉が多くの若者の座右の銘であったころ,「放送禁止歌」と称される一連の楽曲(大半はいわゆるフォークソング)があった。

  岡林信康『ヘライデ』『手紙』『チューリップのアップリケ』
  高田渡『三億円強奪事件の唄』『自衛隊に入ろう』
  三上寛『夢は夜ひらく』『小便だらけの湖』
  泉谷しげる『戦争小唄』『オー脳』『黒いカバン』
  山平和彦『放送禁止歌』『大島節』
  頭脳警察『世界革命戦争宣言』『赤軍兵士の歌』
  フォーク・クルセダーズ『イムジン河』

 その多くは,現在の過激な表現に慣れた耳にはそもそもなぜ放送禁止になったのかすら理解しがたい(現に,ながく幻の作品と言われていた『イムジン河』は先年NHKの紅白でキム・ヨンジャに歌われ,フォークル盤も再発されるなど「解禁」が進められている)。
 問題は,本書の前書きにデーブ・スペクターが述べているとおり「天皇制,在日韓国・朝鮮人,被差別部落。この三点セットが日本のタブーでありながら発言が出来ない,してはいけない,ことになっている」ことである。

 タブーとは禁忌,禁制,つまり触れてはいけないものや言葉のことである。タブーについては,したがって,なぜそれに触れてはいけないのか,触れたらどうなるのかについてすら語ることも聞くこともできない。
 多くの放送禁止歌は,どうしてそれが放送禁止なのか,そうでない楽曲との違いは何なのかを明らかにされることなく,ただタブーとして扱われてきた(奇妙なことに,レコード業界の規制とはまったく別の基準によるため,上記の放送禁止歌の多くは,当時,ごく当たり前のように入手可能だった。現在もCSデジタルラジオ放送の番組表を探せば,かなりの比率で,あっけなくエアチェックすることが可能である)。
 本書は,「放送禁止歌~唄っているのは誰?規制するのは誰?」と名付けられた52分間のドキュメンタリー番組が制作され,1999年5月23日の深夜(というより明け方),岡林信康の『手紙』が初めてテレビでフルコーラスでオンエアされた「事件」を契機に,その制作で明らかになったこと,かつての放送禁止歌の作者たちのその後を追ったものである。

 最大の衝撃は,テレビ局による自主規制とばかり思われてきた「放送禁止」が,明確な制度としては存在しなかったことである。
 日本民間放送連盟(民法連)が1959年に発足させた「要注意歌謡曲指定制度」はガイドラインにすぎず,1983年を最後に刷新されていない。しかも,その最新の一覧には『手紙』も『イムジン河』も『自衛隊に入ろう』も含まれていないのだ。
 まさしくタブーならではといってよいかと思う。猪瀬直樹『ミカドの肖像』にも,法的根拠も規制する制度もないのに,どうしても丸の内に(皇居を見下ろす)一定以上の高さのビルを建てることができない事例が記されているが,具体的な制度も制限する団体もない規制くらい突破しづらいものはない。変更すべき制度も,論破すべき相手も明確ではないのだから。

 本書の第4章では,赤い鳥『竹田の子守唄』が放送禁止歌とされたいきさつとその後が取り上げられている。そもそもあの『竹田の子守唄』が放送禁止とされていたこと自体が驚きだ。中学校の音楽の教科書に「九州竹田地方の子守唄」として掲載され,各局から何度も放送されていたではないか。
 実はこの「竹田」とは大分県の竹田ではなく,京都の被差別部落,竹田地区のことであり,この子守唄はその地の年寄りから採譜され,いくつかの変遷を経てそれと知らずに赤い鳥に取り上げられ,やがてその事実が明らかになるとともにあれほどの大ヒットが放送の現場から消えていったというのだ。

 しかし,こういった話題をオープンな場でこれ以上扱えるほどには(西に育った)私はこの問題についての「言論の自由」を信用していない。同様に,こういった話題を常に遠まわしにしてすませてきた大手マスメディアに軽々しく「言論の自由」などと口にしてほしくもない。
 たとえば,アメリカ国内の黒人差別問題やタリバンによる女性就学問題は記事になっても,国内の部落解放運動,いわゆる同和問題が活字になることはそう多くはない。事件性がなかったため,と言われればそれまでだが,規制がないにもかかわらず一部の楽曲を放送禁止にしてきた構図とどれほど違うと言えるのだろうか。
 言葉や歌を隠蔽したからといって,何が変わるわけではない。事実は事実として,この国にははなはだしい差別があるのだ。

 いずれにしても,日本という国のあり方,その日本に暮らす我々について,痛いほど深く,考えさせられる1冊である。機会あらばご一読をお奨めしたい。

« 2002年4月 | トップページ | 2002年6月 »