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2002/03/30

シリーズ 怖い本 その五 『影を踏まれた女』 岡本綺堂 / 光文社文庫

82【あたし,もうみんなと遊ばないのよ】

 岡本綺堂。劇作家,小説家。
 彼がシャーロック・ホームズのような探偵物語を江戸を舞台に描こうと書き起こした『半七捕物帳』シリーズは,のちのさまざまな「捕物帳」の祖となった。最初の作品「お文の魂」が発表されたのは大正6年1月のことである。
 もっとも『半七捕物帳』がいわゆる「推理小説」として正嫡子かといえばそれは少々疑問で,確かにある種の犯罪が起こり,その真相を探偵にあたる主人公が追うという構図こそ守られているものの,半七の人となりはおよそホームズの「けれんみ」「傲慢さ」等とは無縁で,彼は間違っても物語の筆記者たる明治時代の新聞記者に向かって「今日は深川のほうからおいでなすったね」だの「基礎ですよ」などと言って唇をゆがめたりはしない。ただ淡々と,犯人を追い込めたのは捕り手の丹念な聞き込みであったこと,犯人を特定できた自分は幸運であったことを述懐するばかりである。

 『影を踏まれた女』はその岡本綺堂の,光文社文庫では『白髪鬼』と並ぶ怪談集の1冊。
 大半を占めるのは「青蛙堂鬼談」と題された連作で,これはある雪の夜,青蛙堂主人を名乗る人物の家に集った性別,年齢,出自もさまざまな人物たちが順に奇談怪談を語るという,一種の百物語の類である。
 得体の知れない魔性の女を描く「一本足の女」などわりあいストレートに恐怖をあおるゴシックホラーから,露店で手に入れた木彫りの猿の面をめぐる怪異を描く「猿の眼」のように白昼俄かに影がさすような薄きび悪さ漂う作品まで,内容題材はバラエティに富む。後者は(味付けはまるで違うものの)ジョン・コリアらの「奇妙な味」に通じるものを感じないでもない。
 ただ,たとえば日露戦争の従軍記者が一種のお化け屋敷で一夜を過ごす「窯変」など,「現代の作品なら,もう二転三転,どんでん返しをしてみせるだろうに」と,いささか古びた印象を与えるものもなくはない。逆に,古い井戸の怪異に源平時代の事件を結びつけた「清水の井」のように,幽霊譚としてはとりたてて怖いものではないように読めるのに,手首の返し一つでひやりとさせられる,かなり近代的な恐怖を描きあげた作品もある。

 「青蛙堂鬼談」に続く掌編集「異妖編」に含まれる「寺町の竹薮」では,親しい子供たちに「あたし,もうみんなと遊ばないのよ」と去っていった数珠屋の娘お兼はすでに殺されていたはずで,それが幽霊だったのかどうかはよくわからない。表題作の「影を踏まれた女」にしても,往来で子供たちに影を踏まれて以来,自分の影を映し出すものすべてを恐れるようになった糸屋の娘おせきがやがて侍に斬り殺されるのは,はたして彼女が影を踏まれたからなのかどうか。

 血や内臓が飛び散るわけでもなく,怖いかと言われればさほど怖くないような,怖くないかと問われればどこか冷たい手が首筋をなでるような,岡本綺堂怪談集。光文社文庫以外でもちくま文庫,学研M文庫などで手に入る。また,以前も紹介した無料公開の電子図書館「青空文庫」には,すでに著作権の切れた岡本綺堂作品が多数提供されている。
 これからの季節のぼんやり靄たちこめる夜のナイトキャップ代わり,毎晩1編ずつといった具合に,いかがだろうか。

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