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2002/03/22

シリーズ 怖い本 その四 『屈折愛 あなたの隣りのストーカー』 春日武彦 / 文春文庫

47【狂気の沙汰と,狂気であることとは同じではない】

 たとえば本書に紹介されているフェイ・ケラーマンの短編小説「ストーカー」に登場する夫のセリフはこうだ。
「どうしてぼくがわざわざきみに頼まなきゃならないんだ──それぐらい,きみが察して当然じゃないか」

 私たちはこの短いセリフの中に実にいろいろなものを読み取ることができる。
 私たちが知っているあの彼,あの彼女たちの,あのなんともいえぬ粘着質な執拗さ,「甘え」という言葉では表しきれぬ全人的なもたれかかり,自己と他者/責任と無責任/嘘と本当とがくるくる軽々しく裏返ってしまう言葉の群れ。
 理屈では明らかに破綻しており,それを指摘されながらも胸を張ってあるときは愛を,あるときは真実を主張する彼あるいは彼女たちの,ベニヤ板にペンキで描かれたポスターのように薄っぺらい,だが過剰な言葉,そして行為。

 インターネットの広まりは,私たちにさらに数多くの奇妙な人々,異常な人々の存在を教えてくれた。
 ボーダーライン上の人々は増えているのだろうか。そうではないだろう。インターネット上では従来なら家庭内,学校内,職場内でしか明らかにならなかったさまざまな個人の性状や言動が撒き散らされる。もう1点,テレビやマスコミの蔓延によって,都会型の恋愛や意思表示の仕方がいわばコピーマスターとして広く伝播されたこともポイントだ。かつての農村型の社会でならそこでのあるべき姿にはまっていたであろう主体性のない輩が,都会の生活パターンやテレビや雑誌から氾濫した情報に染まったとき,ストーカー的な行動に走ることは少なくないのではないか。

 つまり,ストーカーという言葉がある種の被害者たちに明確な加害者の輪郭を与えたように,都市とマスメディアはある種の資質をもつ者たちにストーカーとなるフォームを与えたのだ。もともとは単に主体性をもたず,なにかというと他者のせいにする程度の弱き者だった彼らは,その薄い函の中にリキッドな自らをみたし,ぽたぽたとこぼれながらあなたをうかがい,それから追い始める。執拗に。

 だが,異常であることが問題なのではない。
 ある種の特殊な技量は,異常さの現れであることも少なくない。たとえば寝食を忘れて何かに没頭できるというのは,何かを成し遂げるために必要なことでもある。「なぜそこまで」と周囲の者が呆れるほどの執拗さ,途方もない自己中心的な目的意識は,ある種の成功者に共通の特性でもある。しかし。
 ストーカーが問題なのは,それが異常だからではないのだ。ストーカー的な言動によって問題を起こす人物が、普段は(本書の表現を引用するなら)「流行に敏感であったり,デートの演出に長けていたり,どこか謎めいたソフィスティケートさを備えていたりといった具合に,むしろ魅力的にすら感じられる」ことを,私たちは何度も目にしてきた。もちろん,その多くの場合,周辺からは彼らの異常な依存性,過激な二元性が目についていることも少なくない。しかし,その一方で彼らの異常性に一切気がつかず,むしろその味方となってしまう者がいる。
 「○○さんはそんな人ではありません」,だが現にそんな行為はなされている。追われる者にはそれが難題なのだ。

 ストーカーは確かに存在し,うっかりその尻尾を踏みつけたとき,彼らは驚くべき俊敏さをもって「熱愛」の鎌首を向けてあなたをおびやかす。そういった彼あるいは彼女は(口ぶりでは否定するが)自分が周囲にどのように見られているかひどく気にしているため,ある意味で周囲のあらゆる者の歩く前に何度もその尻尾をアンテナ代わりに置いているからだ。愛する私,愛される私,愛しているはずの私,愛されているに決まっている私……。
 彼らがまったく病気のレベルなのかボーダーライン上にあるのか,追われる者には関係ない。一度彼らに追われ始めたとき,普通の神経の持ち主はなかなかその檻から逃げ出せない。なぜなら,ひとたび「それ」が始まったとき,世界はすでにまるごと彼らの偏狭な意識の中にしかないからだ。

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