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2001/11/19

お願い生ませて 『妊娠小説』 斎藤美奈子 / ちくま文庫

32【文学はこんなふうに読むものだ】

 いくら死体好き,じゃなくて死体を扱った本が好きといっても,520人もの死を扱った本を2冊続けては寝覚めが悪い。このところアメリカ同時多発テロだのナチの人体実験だの,暗いテーマが続いていることもあるし,ここは一つ,「妊娠」というオメデタいテーマをメインに扱った本を取り上げてみよう。
 本書『妊娠小説』は,少し前に紹介した『紅一点論』の著者斎藤美奈子の出生,もとい出世作である。

 ……が。オメデタい本を,という烏丸の試みは,冒頭の1ページめからいきなり流産してしまう。
 本書でいう「妊娠」とは「望まれない妊娠」のことであり,「妊娠小説」とは小説の中でヒロインが「赤ちゃんができたらしいの」とこれ見よがしに宣告(受胎告知)するシーンと,そのためヒーローが青くなってあわてふためくシーンをもって涙と感動の物語空間を出現せしめるような小説のことなのである。
 そして,斎藤美奈子は,日本の近現代文学には「病気小説」や「貧乏小説」と並んで「妊娠小説」という伝統的なジャンルがあること,結核の治療や赤貧の駆除が進んで「病気小説」や「貧乏小説」が姿を消したのに対し,「妊娠小説」は今なお文学業界の現役として第一線で活躍中だと指摘する。そして,その「妊娠小説」の歴史的歩み,構造,類型学へと本文は展開するのだが,そこには排卵誘発的に複数の意味が読み取れる。

 第一に,まっとうな説得力があるということ。
 古くは森鴎外『舞姫』や島崎藤村『新生』,のちには石原慎太郎『太陽の季節』や三島由紀夫『美徳のよろめき』,川端康成『山の音』,そして最近の村上龍,林真理子,佐藤正午,辻仁成にいたるまで,取り上げられた小説群約50作にはなるほどはたと手を打ちたくなるような共通項が見受けられ,それぞれの分析もまた興味深い。実際,いまや死語と化しつつある「私小説」や「教養小説」などという言葉より,よほど「妊娠小説」のほうが小説のジャンル分けとして意味があるように思われてくるのである。

 だが,信じる者は騙される。洗剤や鍋や下着を買わされる前に少し冷静に考えてみよう。
 斎藤美奈子の目的は,決して,近現代文学の正当なジャンル分けの主張とそれにのっとった批評などではないはずである。いやむしろ,真の目的はミケンにシワ寄せた純文学とその批評の系譜をおちょくり,笑いのめすことにあると思われる。
 たとえば,その作品内で女性による妊娠の宣言,すなわち「受胎告知」がなされる部分を行数やページ数から割り出し,野球の9回の守備/攻撃に見立てて作品を論じた「ゲームの展開」の痛快さたるや! なにしろ「終盤一発ぶちかまし型」「中盤盛り上げ型」「序盤先制逃げきり型」,さらにはかつての猛虎打線を彷彿とさせる一篇の中に複数の妊娠を盛り込んだ「全編お祭り型」!!
 こういった分類に限らず,斎藤美奈子のペンは,「妊娠」という素材から透けて見える小説家の意図,作為,これまで語られなかった作品の真意にいたるまで,白日のもとにさらけだす。村上春樹『風の歌を聞け』がこう解釈できるとは。橋本治『桃尻娘』シリーズはやっぱりエラかった……などなど。

 結局,望まぬ妊娠をしてしまった女のように,古今の名作と呼ばれる作品群は斎藤美奈子の手腕によって「もてあそばれ」ているのである。こんな絶妙なエンターテイメントがあるだろうか。いや,そうそうない。

 ただ,残念なことに,本書で思い切り笑うためには,それなりに文学の素養が必要だ。パロディを楽しむためには,原本に親しんでいる必要があるのである。セックスというものは,7月7日の夜,空が曇ってなければ白装束を身につけ,祝詞をとなえてから行なうものと信じている烏丸には,あまり興味のない小説が多くて,その分ノリ切れなかったことを記しておきたい。
 もっとも,ずいぶん以前,行ったこともない宇都宮に隠し子がいるとの噂が流されたときにはちょっとあせったけどな。

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