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2001/10/08

怪力乱神入り乱れて 『鬼趣談義 中国幽鬼の世界』 澤田瑞穂 / 中公文庫

81【書庫いっぱいの霊魂幽鬼妖怪】

 厚いオークの扉に手をかけ,埃っぽいが明るい書庫に踏み入ると,思いがけず広々として奥が知れず,整然と棚が続いている。棚に積まれた書類を取り上げてみると中国の古今の怪異譚を短く簡潔にまとめたもので,それがさまざまな分野に几帳面に分類され,民俗学的な比較検討と若干のユーモアを加えてさっぱりした文章で綴られている……。

 孔子が「怪力乱神を語らず」と指摘したのは,そう言わざるを得ないほど当時の世に怪異があふれていたため,とする説がある。また,怪異を話題にすることは,君子が君子然とすましていられないほど楽しく,中毒になりかねないものだということも示している。当節ふうに言えば,マンガやゲームもほどほどに,といったところか。

 中国の怪異譚といえば,人気の高いのが蒲松齡の『聊斎志異』だが,『聊斎志異』は人間洞察や表現技法に溢れ,ある意味「出来すぎ」の面もある。要するに近代的な意味での「小説」に近すぎるのである。

 もっとあるがまま,美文に練られる前の,いわばシードとしての怪異譚はないか。そんなニーズに応えてくれるのが本書『鬼趣談義』一巻である。
 文庫かとあなどってはいけない。定価1,143円(税別),数行からせいぜい数十行の怪異譚でぎっちりと幽冥界のことがつぶさに記された494ページ。なにしろカバーの惹句に曰く,「筆記・随筆・地誌類など汗牛充棟の文献世界を渉猟し、中国の幽鬼妖怪の種々相を暢達な筆致で説き明かす。“怪力乱神”を語り、中国古来の霊魂観、幽鬼妖怪観を探究する、碩学による博引旁証の大著。巻末に事項・書名索引を付す」。恥ずかしながら,読めない熟語が一杯だ。

 やはり読み方のわからない言葉の連発する,しかしなんとも魅力的な目次を開いてみよう。
   鬼趣談義
   墓中育児譚
   亡霊嫉妬の事
   髪梳き幽霊
   鬼卜 ──亡霊の助言によって吉凶を占う事──
   再説・借屍還魂
   鬼求代
   鬼索債
   泡と蝦蟇
   関羽に扮して亡霊の訴えを聞く話
   柩の宿
   鬼買棺異聞
   産婆・狐・幽霊
   墓畔の楽人
   鬼市考
   偽幽霊出現
   僵屍変
   棺蓋鬼話
   旱魃とミイラ
   野ざらし物語
   石の妖怪
   土偶妖異記
   芭蕉の葉と美女

 「借屍還魂」(しゃくしかんこん)とはいったん絶命した男あるいは女が蘇生するが,意識・記憶が別の人物のものというもの。当人の家への帰属は肉体で決めるのか,人格で決めるのか。財産や配偶者をめぐり訴訟が起こることもあったという。
 冥土の人口を維持するためには,亡者が別の人間に転生するより前に,後任の亡者,つまり事故死や自殺死の人を物色しなければならない。場合によっては積極的に事故や自殺を幇助することもあるという。この亡者の代替を求めることを「鬼求代」あるいは「鬼求替」「鬼討替」「鬼索替」「替身」などという。
 また,他人に金を貸したまま死んだ者があると,その執念が祟り,借りた者の家中から狂人が出て「金を返せ」とわめき,相当額の紙銭(葬式などで使う紙で作った偽の金)を焼かねば治まらない。これを「鬼索債」(きさくさい)または「鬼討債」という。
 冥界における物資の交易には,現世と同様に市が立つ。これを「鬼市」(きし)という。多くは荒廃した郊外の共同墓地など,幽鬼に縁の深い場所に現れる。諸星大二郎『諸怪志異』第3巻「鬼市」のタイトルがこれである。
 硬直したまま皮肉ともに腐爛しない屍体,または久しい歳月を経ても朽ちず枯骨にならない屍体,これを「僵屍」(きょうし)という。いわば天然のミイラである。
 などなど。

 澤田瑞穂氏は1912(明治45)年生まれ,国学院大学高等師範部卒業。天理大学,早稲田大学教授を歴任。文学博士。専攻は中国文学。国学院大学時代には折口信夫に師事したという。
 巻末の書名索引だけで7ページ。いかなる情熱か,しかしその文体はあくまで淡々。濃い茶を片手に頭から読んでもよし,饅頭くわえてつまみ読んでもよし。陶然として秋の夜の更けるを知らず。

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