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2001/09/01

使用権フリー短編集? 『天狗の落し文』 筒井康隆 / 新潮社

581【ありがたく思え。】

 添付画像にご注目いただきたい。「盗用御自由」なのだそうだ。
 その上は「アイディアが溢れすぎる天才作家はついに決意した」,下には「前代未聞の新形式文学か? 絢爛豪華なネタの玉手箱か? 全356編+∞、文学史上初の使用権フリー短編集!」。

 では,本書収録の掌編を自作と偽ってWeb上で配ってもかまわないのだろうか。全ページ取り込んで本の形にして売ってもかまわないのだろうか。
 わからない。「盗用御自由」「使用権フリー」とあるのは帯だけで,本の中には二次利用についてなどどこにも書かれていない。ちなみにアイディアやトリック,標語の類については,著作権法は保護の対象としておらず,つまりこの惹句はあってもなくても結果は同じ,夢日記や思いつきのダジャレといったちゃっこい掌編を1冊にまとめる際の,テイのいい煽り文句に過ぎない。

 さて,肝心の内容だが……二重の意味でがっかり,というか物悲しい気分に陥ってしまった。

 まず,フリーデータ集として。データ集の質とは,もちろん,文例なりイラストなり写真なりのクオリティが高いほうがよいのは言うまでもないが,高ければよいというわけではない。汎用性とでも言おうか,1つ1つのデータの用途がなるべく広いことがポイントだ。さまざまな人がさまざまに流用できるようでないと,フリーの意味はないのだ。しかし,本書収録作の多くは,あまりにも「筒井」個人と密着しすぎ,要するに神戸在住の大物小説家で役者もやっていて,というもので,盗用しようにも誰がどう利用するのか,見当がつかない。少なくとも書いている時点では,データ集という意識はなかったのだろうと思う。

 第二に,では,フリーとかデータ集とかいったことを抜きに,純粋に掌編集としてみてどうか。残念ながらそう面白いものではない。なにか,ぼそぼそ雑感を記したもの,オヤジギャグのレベルにすら達しないダジャレ,ショートショートとして熟す前の段階で,練り込んでいない断章,そんな印象のものが多いのである。

 そもそも登場時の筒井康隆は,SF作家の中でも,ロケットやタイムマシンといったハードウェアでなく,トリッキーな言葉遣いや展開で社会や個人の既成概念を覆す,そんな作家だった。さらに,攻撃対象そのものや,武器としての文体を次々に切り替える,作家としての変容が魅力だった。

 しかし,本書に見られる筒井康隆は,「大家」扱いされることに慣れた傲慢で保守的な老人に過ぎない。傲慢はともかく,保守的なところが気にかかる。社会のほうが音を立てて変わってきているのに,当人は同じところで同じ槍を振り回しているようにしか見えないのだ。個人的な日記でも20年前30年前のもののほうがずっと面白かったし,ショートショートについては比較する気にもなれない。かつて世界を「時間」と「情報」の2軸に分け,縦横にスラップスティックな哄笑を撒き散らしてくれた天才はどこに行ってしまったのだろうか。

 少なくとも,一度でもSF作家として鳴らした以上,新しい技術や風俗について,独自の取り込み,解釈,発案をしてほしいものだ。携帯電話文化が気にさわるらしく再三取り上げているのだが,「うるさい」「そんなものより本を読もう」「バイクの運転しながら携帯電話を使って事故」……これではそこらの小言オヤジだ。
 がっかりだな。天狗になってんじゃないの。

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