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2001/09/23

独身者の機械 その五 アナベル・リー

571【海のほとりの王国で】

 彼がボルチモアの叔母,クレム夫人の元に身を寄せたのは,彼が22歳,従妹のヴァージニアが8歳のときだった。
 彼はその数年後,周囲の反対を押し切ってヴァージニアと結婚する。彼女が14歳のときだ。

 彼,エドガー・アラン・ポーは,陰影の深い詩作によってフランスのボードレールやランボー,ヴァレリーらに影響を与え,いうなれば象徴主義の祖となり,一方でイギリスのドイルに影響を与えて探偵小説,推理小説の祖となった。ディレッタントで鋭敏な偏屈探偵(デュパン)とその友人で凡庸だが実直な語り手の組み合わせ,密室トリック,暗号など,現代のミステリの多くの手法が彼の手によってすでに提示されている。また,ホラーやSFは太古の神話から脈々と築き上げられた文化であろうから,彼一人を祖とするのは無理があるだろうが,それでも「黒猫」や「アッシャー家の崩壊」が近代ホラーに与えた影響,「アーサー・ゴードン・ピムの物語」や「アルンハイムの地所」がのちのSFに与えた影響は決して小さなものとは思えない。
 彼の生涯は短く,残された作品は大半が短編でその数も決して多くはないが,天才の名はエドガー・アラン・ポーのような者にこそふさわしいといえるだろう。

 さて,今回の主題に戻る。
 ポーのヴァージニアに対する愛情は,残された手紙を読んでこちらが赤面しそうなほどのもので,彼らはともに愛しあい,むつまじい結婚生活を送る。だが,極貧の中でヴァージニアは胸を病み,彼女の死後,ポーは浴びるように酒を飲んで2年後に死んでしまう。
 だが,問題は,少女に対する恋愛感情,あるいは妻に対する情愛ではない。
 ボードレールはポーの評伝において,「ポオの小説には恋愛は出てこない。少なくとも,『リジーア』とか『エレオノーラ』とかは厳密にいって恋愛物語ではない,作品を旋転させる中心思想は,全く別種のものである」と述べている(小林秀雄訳)。ポーの作品には,一見恋愛感情に見えるものが何度も描かれている。だが,そこでは几帳面なまでに肉体的接触が避けられている。愛する者の肉体は天使によって奪われ,蛆に食われるものとして描かれる。そして,幼な妻ヴァージニアは,まるでそんなポーの心持ちをわかっていたかのように,死の直前に彼にこう告げたという。
「私が死んだら,あなたを守る天使になってあげる。あなたが悪いことをしそうになったら,その時は両手で頭を抱えるの。私が守ってあげるから」
 アーサー・G・ラーニドの描くヴァージニアの肖像はほっそりと清楚で,およそグラマラスなエロティシズムとは無縁な存在に見える。

 ポーの死後に発表された詩,「アナベル・リー」は,このヴァージニアへの思いを綴ったものと思われる。最初の二節をここに掲載しておこう。
(Poeの'ANNABEL LEE'と'TO HELEN'はいうなれば烏丸の永年の愛唱詩であり,学生時代には意味もなくそらんじたものだ)
 さほど難しい言葉も出てこないので,どうか小さくとも声に出してお読みいただきたい。

      ANNABEL LEE

              Edgar Allan Poe

   It was many and many a year ago,
     In a kingdom by the sea,
   That a maiden there lived whom you may know
     By the name of Annabel Lee;
   And the maiden she lived with no other thought
     Than to love and be loved by me.

   I was a child and she was a child,
     In this kingdom by the sea,
   But we loved with a love that was more than love ──
     I and my Annabel Lee ──
   With a love that the winged seraphs of Heaven
     Coveted her and me.

 ウラジミール・ナボコフの『ロリータ』は,この詩の引用から始まるといってよい。つまり,主人公ハンバート・ハンバートは,幼なじみのアナベルを亡くし,その面影にこがれるある日,ロリータと出会うのである。
 しかし,ハンバート・ハンバートをポーの直系の子孫と見なすことには抵抗を感じる。
 第一に,ポーやスウィフトやキャロルが現実に性的不能者であったか否かは別として,ハンバート・ハンバートはロリータの母親,そしてロリータ当人と肉体的関係を持つことができた,ということ。そして肉体関係そのものにはなんら嫌悪を感じていないように読めること。そしてもう1つ,ハンバート・ハンバートには決定的に欠ける(いや,満たされた?)要素があるように思われる。

 それは……。

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