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2001/09/19

独身者の機械 その三 ルイス・キャロルの言葉遊び

54【木(TREE)から森(WOOD)を得よ】

 Googleなど,インターネットの検索エンジンで「聖書」「次いで」「世界」「読まれる」といったキーワードで検索を実行してみると,聖書に次いで世界で最もよく読まれている本は,たとえばドイルのシャーロック・ホームズ譚であったり,アラビアン・ナイトであったり,グリム童話であったりすることがわかる。けっこういい加減だ。コーランは候補にあがっていない。聖書に次いでコーラン,では剣呑にすぎるためだろう。
 『不思議の国のアリス』は,そんな,聖書に次いで世界で二番目によく読まれている書物の1冊である。

 というわけで,テロ事件についての考察から一転,再びルイス・キャロルの話に戻ろう。
 ずいぶん極端な,と思う方もおられるかもしれないが,実は頭の中ではそんなに離れた場所にあるわけではない。
 たとえば,こういうことだ。
 今回,ハイジャックされた旅客機は,2機が世界貿易センタービルへ,1機が国防総省へ,残る1機は墜落した。いずれも訓練されたテロリストが自ら操縦したものだという。自爆テロである。
 信じられない,と我々は簡単に口にするが,その我々の父親,あるいは祖父の世代,ほんの50数年前にカミカゼアタック,特攻を敢行したのは日本であって……という方向に話を進めるのが今日の目的ではない。少しだけ文章を巻き戻そう,自爆テロは信じられない,オーケイ,その通りだ。
 では,我々,ないし我々の周辺の者が,ときに舞い上がって(もしくは追い詰められて)口にする,「死んでも離さない」「死んでも許さない」「死んでも守る」,これらの言葉は一体何なのだろうか。
 ただの形容詞,ただの嘘八百,ただの勘違い,もちろんそれはそうなのだけれど,それを口にするほうも耳にするほうもかぁっと舞い上がるのなら,それはリアルとは別の次元で言葉が勝手に躍動するということではないか。言葉は本来リアルな事象と1対1,いわばリアルの影であったはずなのに,どこかで突然リアルな事象以上にリアルなものとして機能してしまうのではないだろうか。

 ルイス・キャロルが少女たちをこよなく愛し,コスチュームプレイ,あるいはヌード写真を撮影し,詩や物語を捧げ,やがて少女たちが大人の兆候を呈するやきっぱりと別れを告げた……ということは先にも簡単に紹介した。
 彼が金色の昼下がり,ピクニックのボートの上でアリス・リデルに語った物語をのちにまとめたもの,それが『不思議の国のアリス』だが,一読すれば明らかなように,この物語の面白さ,複雑さは,同じ子供向けロングセラーでも,たとえばグリム童話収録の物語などとはまるで次元が異なる。それは,単に登場人物の設定や置かれた状況,それに対するアクションや結果といったものではなく,それが書かれた言葉,つまり物語を物語る行為そのものの問題なのである。

 『アリス』に限らない。ルイス・キャロルが少女たちに書き送った詩や手紙には,たとえば次のような言葉遊びが含まれている。

○アクロスティック
 「折り句」ともいう。各行の頭の文字に人名や言葉を配置すること。たとえば,詩の各行の最初の1文字を続けて読むと少女のファーストネーム,最後の1文字を続けて読むとセカンドネームになる。

 日本でいえば,在原業平の
  からころも 着つつ馴れにし 妻しあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ
に「かきつばた」が折り込まれている,そんな感じだろうか。

○タブレット
 キャロルが少女たちのために考案した言葉遊びで,ロンドンの女性週刊誌「ヴァニティ・フェア」に懸賞クイズとして掲載されて話題になったもの。ある単語の綴りを1文字ずつ変えて所定の別の単語に到達させる。たとえば,

  お茶を熱くせよ
    TEA
    sea
    set
    sot
    HOT

  涙を微笑みに変えよ
    TEARS
    sears
    stars
    stare
    stale
    stile
    SMILE

 ほかにも「ライオン(LION)から子羊(LAMB)を救え」「うなぎ(EEL)をパイ(PIE)にせよ」「4(FOUR)を5(FIVE)にふやせ」などなど。

○アナグラム
 キャロルの作品には,言葉や文章の文字を並べ替えてほかの言葉に変えるアナグラムが頻繁に登場する。たとえば

  WHERE MABEL?(メイベルはいかが?)
    ↓
  WE BLAME HER.(どうも感心しない)

といった具合。
 ミステリ作家「泡坂妻夫」のペンネームは本名の「厚川昌男」のアナグラムだし,今回のテロ事件の黒幕とも言われるオサマ・ビン・ラディン氏の名前Osama Bin Ladenを並べ替えると「a lebanon midas」(レバノンのミダス王)にして「abased lion mam」(失墜した獅子)になるのだそうだ。
 本や人の話からの引用ばかりでは説得力に欠けるだろうから,日本語のアナグラムといえばやっぱりアレだよアレ,ということでおなじみ「いろは歌」を1つ即興でひねってみよう。

  アリス お茶会へ
  笑え 猫を
  ほっとけ そんな暇 無駄さ
  見ろよ 夢も 失せて
  不思議の国は 濡れる

 ほかにも,キーワードを利用したアルファベット暗号や,絵文字を組み込んだ手紙(dearの代わりに鹿,Iの代わりに目の絵が書かれる,など),文字で形を描いたアポリネールばりのカリグラフ,ダ・ヴィンチふうの鏡文字など,キャロルの言葉遊びはその執拗さにおいて少々常軌を逸している。まるで文章や単語をアルファベットレベルまで解剖し,切り刻み,手足を入れ替え,陵辱しつくすような……。

 もちろん,ルイス・キャロル,というよりチャールズ・ラトウィジ・ドジソンは,ビクトリア朝期の極めて冷静な常識人であり,少女たちとのお付き合いにはきちんとその両親の了解を得,ヌードを撮影するときにも必ず母親を同伴させている。
 つまり,ナボコフの『ロリータ』のハンバート・ハンバートや埼玉の幼女誘拐殺害事件のM君や最近のレイプビデオ好き手錠教師らと明らかに異なるのは,チャールズ・ラトウィジ・ドジソンは決して少女たちとのリアルなセックスをもくろんだのではなく,そういったリアルな行為の代わりに,言葉遊びや論理のアクロバットがあったのではないか,ということである。

 結論を急ぎすぎている? そうかもしれない。しかし,まだ旅は続く。

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