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2001/08/26

クトゥルー神話と隣のお姉さんへのノスタルジーのへろへろな結合 『栞と紙魚子と 夜の魚』 諸星大二郎 / 朝日ソノラマ

Photo【あなたたち 二人とも 死んでるのよ】

 「ネムキ(眠れぬ夜の奇妙な話)」に連載されていた『栞と紙魚子』シリーズが終わってしまった。この「終わってしまった」のあたりにソコハカトナイ詠嘆のニュアンスを読み取っていただけると嬉しい。諸星大二郎にはほかに長いのや重いのや暗いのがいっぱいあるが,実はこの『栞と紙魚子』が一番のお気に入りだったからだ。

 『栞と紙魚子』は,胃の頭町を舞台に,ごく普通の(そうか?)女子高生である栞と紙魚子が次々と摩訶不思議な事件に遭遇するという短編集である。

 日常の中に異界がはまり込み,主人公たちがそれに巻き込まれること,アクロバティックな事態にも主人公たちの生命に危険はなさそうに見えること,巻き込まれるのは実は主人公たちにもそれなりに理由があること,こう見ると坂田靖子の『浸透圧』ほかに似ているようにも思われる(無事に戻ったこちら側の世界に異界の断片や小生物が散見するあたりも似ている)。
 ただ,ライトなセンス,言い換えれば「すり抜け方」に特徴のある坂田靖子と違い,諸星大二郎の本領はなんといっても『暗黒神話』や『稗田礼二郎のフィールド・ノート』など古代神話をダイナミックにこね合わせた黒っぽい伝奇&ホラーである。そのためパロディッシュな『栞と紙魚子』シリーズも個々の事件にクトゥルー神話体系や……おっと,今回はそういう方面ではなく,本シリーズ,というより主人公の栞がなぜ好もしいかについて考えてみようと思ったのだった。

 諸星作品には女性ももちろん登場するが,ハリウッド映画や少女マンガにおけるようなヒロインはほとんどいない。どちらかといえばバケモノが多いし,被害者側であっても霊能者であったり,おどろおどろしく描かれることが少なくない。
 ところが,栞にはそういった気配はほとんどない。もちろん,怪奇に巻き込まれても平然としていたり,生首が落ちていたら拾ってペットにするなど,素っ頓狂な面もあるにはあるのだが,胃の頭町ではそれが日常なのであり,平凡な女子高生として描かれていることは間違いない。逆に,スタイルがよいとかファッショナブルであるとかエロティックであるとか,そういった要素は一切ない。

 少々無理押しだが,栞の魅力は,少年の目から見た年上の少女の魅力の類ではないだろうか。無造作なロングヘア,冬はセーターにコート,夏はノースリーブ。胴長ずん胴の日本的体系で通学や散歩や部屋飾りに明け暮れる彼女は実に「隣のお姉さん」「従姉のお姉さん」的だ。
 作者がそのあたりどのように意識しているかはもちろんわからない。ただ,今回全4冊を読み返して,少なくとも同年代の恋愛の対象,あるいは年下の可愛い娘,さらには自分自身の娘として描いた印象は得られなかった。栞たちは作者からみればずいぶん年下のはずだが,にもかかわらず「よくわからない大人」として描かれているように思う。胃の頭町とは,子供の目から見た「大人の世界」の得体の知れなさの代替ではないか。

 現実の女子高生に「お姉さん」として憧憬の念を向けることはもはやあり得ない,だからこそ栞には恋愛未満の甘酸っぱいノスタルジーがこめられることになる。
 これ以上連載が続くと,栞や紙魚子はふくよかな大人の女になってしまう,そんな予感もする。だから作者は連載を終わらせたのだ,というのはさすがにうがちすぎだろうか。

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