かつて,美術館へ
そのころの二か月に一度か二度,たいていは水曜日の午後,ぼくは誘われるままにその女性とどこか都内の美術館に出かけた。晴れた日もあれば,雨の日もあった。彼女は気にいった絵があると,バレリーナのように背筋を伸ばしてその前に立ち,風にあらがうように,あるいは癒されるのを拒むようにその絵を見つめるのだった。
「あなたは,わたしが絵を見るときに邪魔にならない,珍しい人なの」
「ほかのことでは,こんなにうとましいのに。うとましくて,ねたましいのに」
……美術館では音がやむ。時間の意味が変わり,きしんだ胸が安らぎ,あるいは白い心に傷が走る。
だから,火曜日の電話は嫌い。雨の日の美術館は嫌い。
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