フォト
無料ブログはココログ

« ほんの少し復調 『不肖・宮嶋の天誅下るべし! 写真に嘘は写らんど!』 宮嶋茂樹 / 祥伝社 | トップページ | [閑話] 近所のコンビニの兄ちゃんたち »

2001/06/19

たまにはベタボメもいいでしょう 『ガダラの豚』(全3巻) 中島らも / 集英社文庫

9【あんたも来んかね】

 かつて,ブンガクといえば面白いものだった。
 バルザックやデュマは言うに及ばず,『罪と罰』だって『赤と黒』だって『ウィルヘルム・マイステル』だって読み始めれば手に汗握る面白さである。難解と言われるボードレールやランボーですらウキウキワクワクするし(さすがにマラルメやヴァレリーは少々しちめんどくさいが),漱石や鴎外のネ暗な話もハラハラドキドキの心持ちである。

 面白いブンガク作品はそうでないのとどこが違うのか。
 第一に,スジである。スジのないオデンにはコクがない,と言われたときに関西風と関東風で実は全く別のスジのことになってしまうのだが,そのスジはまた別の機会に通そう。
 第二に,キャラである。キャラが立たねば男がすたる,女がしおれる,火星人が枯れる。
 第三に,言葉遣いである。ここは覚えといて今度あの店でレイコちゃんの前で一発キメたろ,というくらいかっこよいキメゼリフの2つ3つはちりばめてほしい。
 人生や社会や迷妄を語るのもよいが,それは人様に読んでいただけるものを提供したうえでの話である。読んでもらえぬ純ブンガクになんの価値がある。

 というわけで,今夜取り上げるのは,面白さではスーパーヘビー級,中島らも『ガダラの豚』。

 第一に,スジが凄い。
 主人公は,アフリカの呪術を研究する大学教授とその妻である。彼らはフィールドワークでアフリカを訪れた折に娘を失い,それ以来8年間,やや投げ遣りな人生を送っている。そんな折,妻が新興宗教にかぶれ,その教祖の奇跡はすべてトリックであると証明することになり……と,しごく理性的な第一部が氷だとしたら,夫婦とその息子,スプーン曲げで一世を風靡した超能力青年らがテレビ局の特報番組の撮影のためにアフリカに向かい,恐ろしい呪術者と出会う第二部が水,命からがら日本に戻った後のジェットコースター的展開の第三部がもうもうたる水蒸気。著者がプロレスをはじめ格闘技のファンであることも影響しているのだろう,理性と呪術敵味方入り乱れてのタッグマッチはひとたび読み始めるとページを繰る手が止まらない。
 第二に,キャラが凄い。
 アル中気味だがどこか憎めぬ大学教授,第二部以降俄然生気を取り戻す妻,生真面目な教授の弟子,世をすねた超能力青年をはじめ,殺られ役の端役にいたるまで個性派がそろう。マンガすれすれの破天荒な性格付けながら,いずれもどこかに白いもの,黒いものを抱えた者たちである。
 第三に,見事なまでの会話の妙。
 随所に味のあるやり取りが重ねられ,1ページ分を抜き出しただけても味のあるコントができ上がりそうだ。ことに後半無残に殺されてしまう……いや,読んでいただければ一目瞭然だろう。

 怒涛の展開に面白がって付き合うだけでもよいが,語られる問題は決して軽くはない。超常現象について,甘い考えを持つ者には少々キツい内容かもしれない。殺害シーン,寄生虫についてなど,少々エグい描写もある。
 だが,全体を通しての爽快感,あふれる元気,これはどうだ。
 本書は推理作家協会賞受賞作品である。賞などどうでもよいが,それにしてもなぜそんな賞なのか。直木賞選考委員は何をしていたのか。

 この国のブンガクは,ミステリだ時代小説だホラーだ恋愛小説だとジャンル分けに熱心なあまり,一番大切な面白さをないがしろにしてきた。それでもたまにこうしてどのジャンルにも押しはめようのない,しかも底抜けに面白い作品が登場するからたまらない。『ガダラの豚』,しいていえば「大文学」である。

« ほんの少し復調 『不肖・宮嶋の天誅下るべし! 写真に嘘は写らんど!』 宮嶋茂樹 / 祥伝社 | トップページ | [閑話] 近所のコンビニの兄ちゃんたち »

小説・詩・文芸評論」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ほんの少し復調 『不肖・宮嶋の天誅下るべし! 写真に嘘は写らんど!』 宮嶋茂樹 / 祥伝社 | トップページ | [閑話] 近所のコンビニの兄ちゃんたち »