『ロシアは今日も荒れ模様』 米原万里 / 講談社文庫
【ニホンはロシアを笑えるか?】
著者・米原万里は芸名からも明らかなように,海原千里・万里の弟子である。……もちろんウソだ。しかし,担当編集者の心のどこかにも,その寒いギャグはあったのではないか。腹帯は「笑うっきゃないあの国の秘密を暴く! ゴルビーもエリツィンも愛しくなる。下ネタも裏話もぜーんぶ実話!」である。背表紙の惹句は「過激さとズボラさ,天使と悪魔が共に棲む国を鋭い筆致で暴き出す爆笑エッセイ」である。
しかし,笑えない。釈然としない。
第一に,著者はロシア語の通訳として長年活躍し,その仕事を通して知り合ったロシアの民衆や,ゴルバチョフ,エリツィンらの言動をエッセイとしてまとめているわけだが……職業倫理的に問題はないのだろうか。もちろん,そのあたりをまるで考慮していないわけではなく,たとえばエリツィンの側近が暴露本で著した事実を追認するような形でエピソードを語ったりはしている。しかし……それは,著名人の手術を担当した外科医が,「週刊誌に病名が載ったのだから自分も喋ってよいだろう」というのに近くないか。
第ニに,描かれたロシア人の悲喜こもごものエピソードは,冒頭のとことんなウォッカ話から酔っ払って失敗に終わったクーデター,そしてソビエト連邦崩壊後のどたばたまで,なるほど1つ1つ興味深く,可笑しい。しかし,1つの大国が酒で持ち崩し,体制が崩壊し,貧困と民族対立の中に泥船として沈没していくさまのどこが「爆笑エッセイ」なのか。
同じロシア周辺の民族紛争を描くにしても,自ら戦渦の真っ只中に飛び込み,壮絶な笑いを誘う宮嶋茂樹に比べて,どうか。また,ロシアの,党や書記長をコケにする小噺のビターな魅力は,密告の危険の裏返しだからこそではないか。それに比べて,おそらく日本側の外交官や企業の役職者に同行し,ロシア側の高官を相手にする著者には,苦労がないとは言わないが,食前酒をなめなめテラスから民衆を描く趣はないだろうか。
というようなことを著者の「いけ好かないインテリゲンチャ」な印象だけで書くのはさすがに失礼。もう少し丁寧に読んできちんと立証しようかと思ったところ,知人の『ガセネッタ&シモネッタ』評を拝聴して,なんとなく「ほかの本もそうか」と脱力,気分がヘナヘナとなえてしまった。
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てなわけでこの1週間は,『ハンニバル』(トマス・ハリス)を読んだり,『陰陽師 付喪神ノ巻』(夢枕獏)を読んだ勢いで今昔物語(といっても対訳付き)をぱらぱらめくったり,『ゼロ』(里見桂)の新刊を読んだり,『金融迷走の10年』(日本経済新聞社編)にうなったり,と,読書的には充実していながら書評をアップすることができず,これ皆先週の果報なりとなむ,語り伝へたるとや。
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