降りてゆく悲しみ 『クレメンテ商会』 かまたきみこ / 朝日ソノラマ
【こんなネアカな人と… 私はやっていけるのかしら?】
2010年のパソコン大絶滅事件以後,安全かつ確実に情報を伝達するために「コピー機」で「複写」,「FAX」で「複写」「転送」することがOA法案で定められた。国家指定の完全保護企業「ギャノン」はコピー機,FAXの独占製造・販売・メンテナンス権をもち,修理費がバカ高い(しかも現金一括払い)のに堪えかねて零細事業者がコピー機のフタを開けただけで国連保護企業法にふれ,その機器はその場でぶち壊され,新規製品を購入させられ(ローンは10回が限度,年率30%,一回でも滞納すると全額返済!),その上で逮捕される。
主人公・修子はそんな時代にフリーのOAメンテナンスを請け負う「クレメンテ商会」を営む。もちろん違法だが,彼女はまだ十分に使えるOA機器が廃棄されるのを見捨てることはできない。なぜなら彼女はOA機器と同調してその世界に入り込み,コピー機やFAXと会話できるからだ。その世界はゴシック,ロマネスク,いろいろな様式の装飾的な建築パーツにあふれ,OA機器たちは人間の姿をしてオールドファッションに身をつつみ,通電されてないものは目をつぶっている……。
さて,ここまで読んだなら,最初からもう一度,できれば声に出してお読みいただきたい。「2010年のパソコン大絶滅事件以降,」……
おーけい,だいたいの設定はわかっていただけただろうか。ヘンな話? その通り,とってもヘンな話だ。SFとも言い切れない,ホラーでもない。雑誌「ネムキ」(眠れぬ夜の奇妙な話)の本領発揮といったところか。
「異質な目」(ストレンジ・アイ)を持つ修子は幼い頃にOA機器が人間の姿で見えるようになり,そこで出会った,実体がどこにあるとも知れない古いコピー機「GPL-Z10」(彼女の世界ではロンゲの渋いおっさんだ)に恋心を抱く。彼女はGPL-Z10の本体を見つけ出し,手に入れたいと思っている。
そうしてギャノンのメンテ部を敵に回して立ち回るうちに,修子にはますますそちらの世界がリアルに,魅力的になっていく。そこに転属されてくる,ギャノンの若いやり手セールスマン,瓜上優。彼はまだ使える機器の廃棄に胸を痛める,ギャノンらしからぬ好青年だった。一方,瓜上の上司・須藤はメンテ部を武装化して,クレメンテ捕縛をはかる。……
かまたきみこは波津彬子のアシスタントをしているそうだが,奇妙な筋立て,登場人物のどこか希薄な生命感などから,波津彬子よりその姉の花郁悠紀子により近しく思われる。
描かれたコマには,ベランダやバルコニー,橋の欄干など,高さを表す構造物があふれている。OA機器の世界は古代ギリシア風の柱が立ち並び,登場人物は階段を走り,コピー機は階上のフロアから蹴り落とされる。そして多くの場合,登場人物はその高いところに「登る」のではなく「降りる」姿として描かれる。
OA機器の世界は,とても静かで,穏やかで,諦観に満ちた空間だ。そちらからリアルな人間世界に立ち戻ることは,作者にとってつまりスピリチュアルな高みから降りる行為なのか。物語はいちおうハッピーエンドで終わる。しかし,それは得恋というよりは,とても切ない卒業だ。
それにしても……ギャノンに瓜上優(うりあげ・すぐる)に修子。おまけにこの表紙。こんな泣けるお話に,あんた。
なお,同時収録された,冷凍保存から60年ぶりに目覚めた少女を描く『雲を見る人』でも,木登りや屋根の上が何度も描かれる。こちらも,とても奇妙でとても切ないお話だ。『雲を見る人』については,いつかまた,別の形で。
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