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2001/02/06

本の中の名画たち その八 『近代絵画の暗号』 若林直樹 / 文春新書

Photo_2【美術評論家たち美術史家たちがひた隠しにしてきた事実。それは……】

 新書というのは,総じてなんらかの専門家が長年研究,調査してきたことを,それなりに広くわかりやすく伝えようとするものが多い。そのため,目覚しい主張もないが,それほど大はずしもしない……。
 本書はそんな中にあって久々の大ヒット。即刻ゴミ箱に叩き捨てようと思ったが,これほどの迷著はそうそうない。酒の肴にするため取っておこう。

 あとがきによれば本書は「誰でもが知っている作品」で「美術作品に隠された暗号を解読する」アプローチによって「美術の新たな枠組みを模索する」のだそうな。けっこうなことだ。「一般人が見慣れているほどの作品だからといって,美術の専門家たちが広く研究している作品であるわけではない」「美術の研究者には,作家や作品の格付け機関として美術市場と共存している一面があるために,価値が定まり美術館に収蔵されれば,すくなくとも市場との関係での研究者の仕事は終わってしまうからだ」,まあね。

 問題はその後。
 「いったいいつからこの領域の情報は更新されなかったのだろうか。それは,本書で“美術評論家たち美術史家たち”の見解とした作品解説や作家解説が書かれた時期を調べればすぐにわかる。参考にした資料の出版時期は一九七〇年代前半に集中している。これより多少古いものもあるが,新しいものはない」
 引用が長くなるのでまとめると,要するに著者は本書で取り上げたフェルメールやアングル,モネ,ゴーギャンらについて,美術全集華やかなりし1970年代以降,専門家は誰も評論を書かなかった,出版されなかったというのだ。

 それが大嘘だということは,オンライン書店で画家の名前で検索してみただけでわかる。豪華函入り美術全集こそ減ったが,お馴染みの大家を扱った薄い大判の美術冊子だって毎年のように発行されている。

 要するに,貧弱な解説をものした一部の評論家を美術評論家のすべてと勝手にみなし,それをコキおろそうとしているのか? まさか……と本文を読んでみれば,まさにそうなのである。

 たとえば,ジェリコー「メデューズ号の筏」について,著者は「美術評論家たち美術史家たちは,この絵の構成画面から文学としての芸術を語ってきた」が,実はこの絵はギリシァ神話を描いた古典主義作品ではなく,実際の事件を描いたものだと指摘する。しかし,これが実際に難破した船の生き残りを描いた作品だなんて,ロマン派に詳しくない烏丸でも知っていたことだ。
 あるいはマネの「草上の昼食」は当時流行した写真の影響を受けている,「オランピア」について美術評論家はひた隠すがなんとこれは娼婦を描いたものだとこれまた大騒ぎ。再三書かれてきたことで,誰も隠してません。ちなみに,引き合いに出されたティツィアーノも,ヴェネツィアの娼婦をモデルに宗教画を描いた。
 マグリットの項では,「美術評論家たち美術史家たち」はシュルレアリスムを「人類の明るい未来を夢見る発明発見」ととらえていることにされてしまい,ダダイスムやシュルレアリスムは第一次大戦に起因する「近代文明に対する深い疑いと,人間が作る社会への絶望的な不信と共にあったのだ」と鬼の首でも取ったかのように宣言する。……これもお約束もいいところで,「現代用語の基礎知識」にだって載っている。

 などなど。ほかにも頓狂な説がいっぱいだ。
 著者が勝手に「知ってるつもり?!」やるのはしょうがないとして,編集者は何をしていたのか。少なくともここまで他の美術評論家をコケにするなら,出典は明らかにすべきだろう。

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