人,人として 『白眼子』 山岸凉子 / 潮出版社
【よかった光子の役に立ったんだ】
山岸凉子の作品には,はずれがない。デビュー当時の短中編はともかく,ここ20年以上,大きくがっかりしたという記憶はない。絵柄が甘い,ストーリーが甘い,とちりちり感じることはあっても,何度か読み返すうちにすきまだらけのようで実は細部にまで気をつかったプロットのすさまじさに殴られたような気分になることさえある。
逆にいえば,そのぶん予想を上回る大傑作という手応えはめったに得られず,最近の長編『ツタンカーメン』『青青の時代』などのように,頭ではそれなりと思いつつ,食い足りない思いにかられることもなくはない。
が,しかし。
この『白眼子』にはもうまいった。『青青の時代』第4巻からたった3か月の発行に,その連載中あるいは終了後に散発された気楽なスケッチ風短編集かと勝手に思い込んでいただけ,その落差に驚き,展開に驚き,電車の中でドアにもたれたまま後半には不覚にも目頭が熱くなってしまった。
主人公・光子は昭和21年10月に北海道小樽の市場で置き去りにされる。4歳か5歳のときである。雪に濡れ,寒さに震える彼女は通りがかった盲目の霊能者・白眼子とその姉・加代に引き取られる。加代は「美人だが酷薄そうな唇の女」,便所に行けずに阻喪をした光子をぶつなど世辞にも穏やかなタイプではない。このあたりのページから伝わる「寒さ」「冷たさ」加減は尋常でない。
一方の光子も,マンガの主人公にしては可憐な容貌とはいえず,三白眼でおでこが広く,眉間から尖った顎にかけて3つのホクロが斜めに並んでいる。光子は頬のこけた和服の青年霊能者,白眼子のもとに運命観相を求めて訪れる客の案内をすることになる。物語はそれからおよそ25年,光子の視点で描かれる。
「人生万事塞翁が馬」という言葉がある。人生の禍福,幸不幸は変転して定まりがない,といったような意味で,似たような言葉に「禍福は糾える縄の如し」もある。「児孫のために美田を買わず」「損して得とれ」などはそのバリエーションといえるかもしれない。では,私たちには何ができるのか。どう生きればよいのか。
無口で何を考えているのかよくわからない白眼子は自らの力について「光子は知らないほうがいいよ。これは両の眼の力と引き換えなのだから」,「どうやら人の幸・不幸はみな等しく同じ量らしいんだよ」と静かに語る。そこに,光子を訪ねてきた若い娘があり……。
本書は創価学会系の潮出版からの出版物であり,表紙もご覧のようにいかにもの宗教臭が漂う。霊能者を描く本作は,もちろん超常的な,霊的な世界観に基づいて書かれてはいるが(凡百の怪談譚よりよほど怖いシーンもある),作者・山岸凉子がそれをどれだけ信じているのかは実のところわからない。
また,本書の白眼子という人物が実在の人物なのかそうでないのか,少し調べただけではわからなかった。山岸凉子は実在の人物や既存の作品から想を得ることが少なくないので,本作にもモデルとなった人生があったのかもしれない。
しかし,それらのことが一切気にならないほどに,たった150ページあまりの本作は淡々と,しかしゆるぎなく光子の人生を描く。某局の大河ドラマの肩書きが虚しいほど,ここには豊かで大きな河が流れている。
どうか,表紙のお地蔵さまに引くことなく,手に取って読んでみていただきたい。
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コメント
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号泣しました。本当に良い作品でした。
投稿: 多田野マキ | 2013/09/02 17:41