マンガ読み取りの基本に還るためのイチオシ 『漫画原論』 四方田犬彦 / 筑摩書房(ちくま学芸文庫)
【『がきデカ』の主人公が「コマわり君」と名付けられているのは,偶然ではない。】
昨今はどうだか知らないが,たとえばロシアの田舎のお婆さんに初めて映画を見ると,何がなんだかわからない,ということがあるそうだ。たとえばモンタージュという概念が理解できないのだ。
これと同じように,マンガを読みなれてない世代には,マンガを評価する,しない以前に,マンガが読めない層がいる。ページをどちらにめくるか,コマをどの順に読むか,風船(吹き出し)の文字が何を表すか,それがもうわからない。
つまり,マンガの文法を知らないのである。
本書は,何のケレンもないタイトルが表すとおり,決して抱腹絶倒に面白い本というわけではない。どちらかというと,古文,漢文の教科書に近いかもしれない。内容を一言でいえば,マンガを形作る文法について,古今の作品から豊富な例を挙げつつ分類,分析する,ありそうで実はあまりなかったマンガの系統立った表現論である。
たとえば,手塚治虫作品において,「コマ」はいかなる働きをするか。また,大島弓子作品がそれを逸脱する効果は。
動きの速さを表すために,石森章太郎はいかなる「スピード線」を用いたか。どおくまんは。永井豪は。逆に,大友克洋がスピード線を可能な限り排したのはどのような効果のためか。
登場人物の言辞を表象する際に用いられる風船(吹き出し)はどのような役割を担い,どのように進化してきたのか。逆に,一部の作品が,この風船を利用しないことで得られた効果とは。
登場人物の内面を表象するものとしての鼻の変遷は,目の系譜は,吐息や汗の記号としての効果は。
などなど。
こういった基本的な文法の解析に加え,巻末に添えられた,3つのテーマ追求型の分析がまた興味深い。
「シャアウッドはどこへ行ったか ― 漫画に見る〈原っぱ〉と路地」
子供たちがメンコ遊びをした土の道路や土管にもぐって探検ごっこにふけった原っぱは?
「偉大なる旅行家の猿 ― 『西遊記』はどう描かれてきたか」
マンガ史に,これほど悟空が何度もたち現れていようとは!
「カタストロフとその後 ― 廃墟としての未来社会の映像の変遷」
手塚治虫の各作品から漂流教室,北斗の拳,ナウシカ,AKIRAまで。
以上のように,多くのマンガファンにとって,ごく基本的でありながら,必ずしも明確な意識を持たずに読み流してきたあらゆる描画手法の意味について,本書は根源的な問いを重ね,読み手をして自覚的なマンガ読書にいざなう。
ただ,1点,難点と思われるのは……さすが「学芸文庫」と銘打たれるだけあって,400ページの文庫本が1,200円。これは,なあ。
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