« [雑談] マキシシングルとは? | トップページ | 本の中の強い女,弱い女 その五 『イキにやろうぜイキによ』 聖千秋 / 集英社 »

2000/10/30

正解は? 『私が彼を殺した』 東野圭吾 / 講談社ノベルス

Photo さて,探偵が犯人を名指ししようとする場面で未解決のままぷつりと終わってしまう東野圭吾『私が彼を殺した』だが,真犯人はいったい誰だったのだろう。
 以下にカラスなりの推理をアップするが,いろいろ予断を与えかねないことが書かれており,未読の方は決して目を通さないようご注意願いたい。念のために文字表示を背景と同色としておく。

加賀はいった。「犯人はあなたです」……

「犯人はあなたです。駿河直之さん」

「ば,ばかな。俺はやつの前の女房の荷物なんか開けていない。調べてもらえばわかる。だ,第一,ボールペンの指紋が検出できるというなら,ペアで買った穂高のほうのピルケースに前の女房の指紋が残っていたって不思議はないだろう……俺じゃない。俺は犯人じゃない」
「では,いったい誰がどう殺したというのです」
「犯人なんて,さ,最初から,決まってるじゃないか」

駿河直之の指差す先,そこには,神林美和子がいた。

「俺がおかしいと思ったのは,まず浪岡準子が本当に自殺してしまったことだ。何もしないでただ死んだならわかる。だが,加賀さんの言うとおりなら,準子は,穂高の家に忍び込み,ピルケースに毒を仕込んだんだぜ。それを飲んだかどうか確認もしないで自分だけ死んでしまうなんて,いくらなんでもおかしいじゃないか。しかも,準子は遺書で『すぐに来てくださるもの』(71頁)と殺意をほのめかしている。いくら鈍い穂高だって,その上ピルケースにないはずのカプセルがあったら,怪しみそうなもんだ」

「つまり,準子は,穂高が自分に続いて死ぬことを確信してたってことだ。だいたい,法医学や検察関係の本を読んでみろ,普通,準子のような立場の女の殺意は,穂高じゃなくて,婚約者のほうに向かうと書いてあるもんだ。悪いのは男を誘惑した女で,その女さえいなくなれば男がまた自分のところへ戻ってくると確信してるからな。だが,準子は穂高に毒を仕込み,その効果を確認もしないで死んでしまった。なぜだ? 準子にとって美和子がすでに味方で,穂高が死ぬのを確かめてくれることまで約束してくれたから以外に考えられるか?」

「もう1つ,俺がどうしても納得できなかったのは,あの教会だ。美和子がもし自分の婚約者のきれいなところしか見てなかったなら,男が倒れたとき,誰かに毒殺されたなんて想像するだろうか? まず何か病気の発作と考え,医者に診せれば治ると考えるのが普通だ。それなのに,美和子は,穂高が倒れたのを見ただけで,その名を呼びもせずショック状態に陥っている(104頁)。それが毒殺であり,もう助からないことを確信していたからだ。もっとはっきり言おう,自分が以前に準子から受け取ったカプセルを飲ませて殺したから,驚きもしなかったわけだ」

「だいたい,結婚式の前日に邪魔しにくるような女が,顔を見せただけであっさり引き下がると思うか。準子はとっくの昔に美和子のところに押しかけ,全部喋っていたのさ。雪笹と穂高のことも,2人とももう知っていたかもしれない。結婚する相手をわざと雪笹と間違えてみせたのも,考えてみれば皮肉だったのかもしれん(31頁)。美和子のほうは準子から話を聞き,自分を騙した穂高に怒り,準子に同情するふりをして,結婚の前に準子に穂高を殺させようとしたのさ。ただの浮気じゃない。親を亡くした美和子にとって,穂高が子供をおろさせたのはどうにも許せない行為だったんだな。結婚式当日にピルケースに毒の入ったカプセルを入れたのももちろん美和子の仕業だ。俺や雪笹や貴弘がややこしい手順を踏むよりよほど簡単だ。よく考えてもみろよ。穂高が死に,美和子との結婚がキャンセルになって,誰が一番幸せになれるんだ? 少なくとも,俺じゃない」

「もう一つのヒントは,ピルケースに入ったカプセルを,わざわざ『いつの薬かわからないんなら』と捨てさせたのが美和子だったことだ(39頁)。俺はあのとき,妙だなと思ったんだ。愛用のピルケースなんだぜ。古いといっても,せいぜい1か月とかそんなもんだろう」

「それをどう説明するんだ。準子のせいにするなら絶好のチャンスじゃないか」神林貴弘がうめいた。

「早すぎたのさ。準子がまだ死んでなかったからだ。準子が穂高のあとを追わないで,自分と知り合っていることをおおっぴらにしたらややこしいからな。穂高を殺すチャンスは今後何度でもあり,それを準子の仕業にできる確証は得た。後は,順番だけだったのさ。だいたい,東野圭吾の書いた内容が細部まで正しいなら,準子の死体を彼女の部屋に運び込んで,穂高と関係ない死に見せようとしたのに,なぜ俺と雪笹は,カプセルの入った瓶を瓶ごと持ち帰らないんだ。俺は鼻炎じゃない。そんなものを置いといたら,準子が殺意を持っていた相手が穂高だってことは警察にまるわかりじゃないか。それくらいのいい加減さは推理小説だからしかたないのさ」

「し,しかし,美和子さんが犯人だとしても,証拠が……」と加賀がいった。

「証拠? たいした証拠もなしに犯人を俺たち3人にしぼり,おまけに5分間も他人が入り込めない時間があったというのに根拠なしに兄妹共犯のセンを捨てたやつが何言いやがる。じゃ言ってやろう。準子の死は確かに新聞に載ったさ。そして,誰かの口から結婚式の前日に準子が白いワンピースを着てここにやってきたことも美和子は聞いているだろう。だがな,どうしてそんな,あのときとそっくりなワンピースを買ってくることができるんだ。貴弘は量子力学と本の虫で,女の服の細かい違いなんてわかりゃしないだろう。そんなそっくりな服を選べたということは,美和子,お前は会ったこともないはずの準子の服を知っていたんだ」

「そうか,つまり281頁の『誰が犯人でもいい』というのは,美和子,『自分以外の』という意味だったんだな。たとえこの兄でも……」貴弘がゆらりと立ち上がった。

「ははははは。逆,逆だよ,神林。美和子は,しつこいお前から逃れるために穂高との結婚を急いだんだ。お前が殺人犯として目の前からいなくなるなら,結婚相手や犯人だけでなく,殺されるのだって誰でもよかったのさ。だいたい,加賀。お前も甘い。殺人事件の容疑者を訪ねるのに,1人きりってことがあるか。裁判で,言った言わないでもめるに決まってるじゃないか。今どきの推理小説では,よほどの都合がない限りちゃんと警察は2人で動いてるぞ。2人で動けば,とりあえず美和子を容疑者から無造作にはずすような間違いはせずにすんだんだ」

……加賀はのちに別の事件でも容疑者とビールを飲んだかどで,懲戒免職となった。

« [雑談] マキシシングルとは? | トップページ | 本の中の強い女,弱い女 その五 『イキにやろうぜイキによ』 聖千秋 / 集英社 »

ミステリ・サスペンス」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« [雑談] マキシシングルとは? | トップページ | 本の中の強い女,弱い女 その五 『イキにやろうぜイキによ』 聖千秋 / 集英社 »