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2000/10/26

本の中の強い女,弱い女 その二 『一絃の琴』宮尾登美子 / 講談社

Nimg1990【無明の夢やさめぬらむ】

 『一絃の琴』は,高知出身の作家宮尾登美子が,地元に伝わる一絃琴を題材に幕末から昭和にかけて女二代の人生を克明に描き上げた小説。上梓まで17年,書き直すこと5回と言うだけあって,全編,か細くも凛とした絃の音漲る稀有な作品。作者は本作で直木賞受賞。

 一絃琴は須磨琴とも呼ばれ,在原行平(業平の兄)が須磨の浦に流された折,浜に流れ着いた舟板に冠の緒を張って葦の端を指に巻いてかき鳴らしたのが端緒とされる。ただし須磨琴は合奏が主で,土佐に伝わる一絃琴とは奏法が異なる。
 その後,一絃琴は京都をはじめ各地で盛んに演奏されるが,やがて衰退し,明治になって伊予上野村の千足神社の祠官の子に生まれ,正親町中納言家の一絃琴取締役を務めた真鍋豊平が一念発起し寂びれた一絃琴再興のため全国を行脚。郷士門田宇平が京から戻って土佐に伝えた。

 『一絃の琴』の主人公は,この豊平門下の門田宇平に学んだ沢村苗。士族の娘に生まれた苗は,年に一度沢村家を訪ねる旅絵師に琴を与えられ,のちに門田宇平に習い,さらに宇平門下の松島勇伯を師と仰ぐ。身勝手の許されない時代と女という性の故,二十有余年琴から離れるも,のちに土佐の名士市橋公一郎の後妻として市橋塾を開き,最盛期四百人とも言われる子女を集めて一絃琴を教え広める。しかし,公一郎の死とともに市橋塾は閉ざされ,苗は養女稲子の育成に没頭する。
 後半は,有り余る美貌と才能,家柄を誇り,市橋塾を継ぐ者と目された岳田蘭子が,その驕慢さゆえ苗に否定され,長い年月の果てに高知へ戻り,一絃琴を再興して人間国宝に指定され,死ぬまでを描く。

 宮尾登美子は実在した一絃琴の担い手として苗と蘭子の二人をねばり強く描き上げる。どこまでも堪える苗(吽)と華やぐ蘭子(阿),この二人の対照的な性格,一絃琴への姿勢,強さ。幕末,明治という時代の中で圧殺され圧殺されてもなお息吹く苗の個,それに対し,あらゆるものを手にしながらただ一度の敗北に狂おしく身悶えする蘭子。作者の筆は底意地が悪いほどに二人の人生を踏み躙り,斬り刻み,ただ一絃の響きのみが蕭然と漂う。
 行平,豊平,宇平,有伯,旅の絵師らに綿々と伝わる琴の音の寂寥感。それを代表するものとして,架空の登場人物,仲崎雅美と共に時の向こうに消えてしまった有伯直伝の「漁火」が心を打つ……。もっとも「漁火」は存外に華やかな曲だというが。

 『一絃の琴』は最近NHKで苗(田中美里),蘭子(吹石一恵)ほかでドラマ化された。ドラマでは,有伯の死やその娘の扱い,苗の婚家など,あれこれ原作と異なるところも少なくない。
 また,一絃琴はこの烏丸とも因縁浅からず,この正月に亡くなった家人の父親は真鍋豊平の生家と同じ伊予上野にあって一絃琴の制作で知られ,家人もまた母親より一絃琴を学んでときに廬管を両の指に嵌めて弦をかき鳴らす。琴は『一絃の琴』冒頭で旅の絵師亀岡がこしらえた通り素朴な木の造り,今週末には真鍋豊平没後100年を記念する演奏会が催される。

 伊予上野に往く風眇々,返す風蕭々。

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