喪失とそこからの回帰を願うマンガのイチオシ 『踊って死神さん』 花郁悠紀子 / 秋田書店
【いつ死ぬかわからない】
1970年代の半ば,プリンセスで出てきた新人が萩尾望都のアシスタントだいうことはすぐにわかったが(○にチョンチョンの自画像が特徴),作風がどこかおかしかった。死,事故,病気が氾濫して,物語を複雑にしすぎるのだ。
たとえば1976年に発表された「夏の風うたい」(『四季つづり』収録)のストーリーは次のような具合だ。
主人公・功作の家は,事故で父を亡くした悠を引き取った。功作の母は悠を事故で死んだ娘・奈津子(功作の妹)と何度も間違える。功作は悠に妹への思いを語る。悠は花火がきっかけで事故のことを思い出し,過去と向かい合おうとする。功作は倒れる。春に手術した癌が転移したのだ。功作の幼なじみ・香也子はどこまでも彼についていくことを誓う。
同じ『四季つづり』収録の「春秋姫」でも,物語は日本画家の事故死から始まり,その娘・茜が画家として成長するきっかけをなした妹(父の隠し子)・藍根もやはり事故で死ぬ。
……花郁悠紀子がいつ癌を病み,いつからそれを知っていたのかわからない。だが,華やかな季節と花に彩られた物語の多くは誰かの死で始まり,誰かの死で終わる。
『踊って死神さん』はそんな中,珍しく登場人物が誰も死なず,ハッピーエンドに終わる作品が集められている(それでもお話は十分ねじまがっているのだが)。
収録作の1つ,烏丸がとても好きな「姫君のころには」では,ジウリアという品行方正の優等生少女が階段から落ちて幼児退行を起こしてしまう。彼女の友人レオナは,幼なじみで女性恐怖症のアルフォンスにジウリアを押しつける……。
ここまででも十分複雑な話なのだが,実はこの話,ジウリアではなく,アルフォンスの病と回復の物語なのだ。奇妙な味のギャグとドタバタのあげく,最後のコマでアルフォンスとジウリアは花をしょって胸を張る。
……花郁悠紀子は治ったのか,と,当時この作品を読んだ烏丸は考えた。これは,何だかわからないが病気からの浮上を描いた作品だ。よくわからないけれど多分心の病気だろう,花郁悠紀子はそれを突破したのだ。
それが大間違いだったことは,のちにわかる。
同時期の作家,佐藤史生は,やはり実験的かつ複雑なストーリーを狙いながら,鉱物的な魅力を示したのに対し(佐藤作品では,常にトータルのエネルギーが一定に保存される),花郁悠紀子はどこまでも植物的だ。花が滅びて実を結ぶように,あらゆる作品の中で死者が生者に影と光を落とす。
少女マンガとしてはかなり骨太なSFを目指したこと,日本の美,植物の美をよくモチーフにした点など,この2人はもっと並べて語られてもよいように思う。
もう,20年が過ぎてしまった。その名は快癒と読めたり逝子と読めたりする。
有里さんという方の「花郁悠紀子ファンページ ~花に眠れ~」によれば,亡くなった1980年夏の「ペーパームーン」誌のアンケートで,「Q. 今、何でも消すことができる消しゴムがあったら何を消してみたいですか?」という問いに花郁悠紀子は「A. このおなかの痛みとしんどさ(消しゴムで消えるかどうか疑問だけど)」と答えていたという。
花郁悠紀子。
金沢出身。高校時代,坂田靖子主催の同人に参加。のち上京し,萩尾望都のアシスタントを務める。独立後は秋田書店「プリンセス」系で活躍。1980年胃癌のため逝去。享年26歳。
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