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2000/10/19

科学と文学について考える 素材その二 『人喰い病』石黒達昌 / 角川春樹事務所(ハルキ文庫)

Nimg1845【遺伝子配列の他の生物種との相同性を塩基1000個単位で検索】

 実は,「科学と文学について考える」なんて途方もない(ちなみにハナから着地まで引っ張る自信はない。すんまそん)ことを持ち出したのは,この文庫本を手にとったためである。

 なにしろカバーの惹句によれば,

「どんな抗生物質も抗ウイルス剤も全く通用せず,数週間から二ヶ月間で確実に死に至る奇病『全身性皮膚潰瘍症』の正体に迫る表題作をはじめ,低体温症の女性とその一族に隠された謎を探る『雪女』など,最新の医学知識と遺伝子工学からつむぎ出された世にも不思議な物語。──鈴木光司『リング』『らせん』,瀬名秀明『パラサイト・イヴ』等の作品に大きな影響を与えた理系小説の旗手がおくる真実のサイエンス・フィクション!」

 なんと「理系小説の旗手」!
 よもやの「真実のサイエンス・フィクション」!!

 作者は東大病院第一外科の医者であり,今はない「海燕」という,もともとは純文系の雑誌から出てきている。
 『平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに、』(これが作品のタイトル。念のため)や『進化』で,図版を含む学術論文のような形式での作品を発表している。つまり,ハネネズミという架空の生物についての,架空の論文である。
 ハラルト・シュテュンプケが架空の生物を紹介し,一時期大きく話題になった作品『鼻行類』の影響下に書かれたものかと思われるが,評価は「びっくり」と「ばかばかしい」の2つに分かれるような気がする。古くからSFに慣れ親しんだ者からすると……やはり「びっくり」か「ばかばかしい」だろうか。少なくとも長編でやることではないような気がする。いや,出展は長編で,のちにボルヘス『幻獣辞典』のようにまとめられるのがちょうどよい具合か。……

 さて,そこで新刊の短編集『人喰い病』(文庫書き下ろし)である。
 収録4作のうち,『雪女』『水蛇』『蜂』については,設定は面白いが,どうも中途半端な印象が強い。安部公房の初期短編のキレを少し悪くした,そんな感じだろうか。とくに『雪女』はうっすら怖くなるところで「ホラーに走るのはやーめた」印象。
 中では表題作『人喰い病』がやはり面白い。『パラサイト・イヴ』に影響を与えた,という惹句もむべなるかな。実在する「人喰いバクテリア」からとったと思われるタイトルは一見煽情的に見えるが,テキストは冷静,『パラサイト』前半の研究室の濃密な,何かが起こりそうな気配,あれである。しかも「オバケ」には一切走らない。ひたすら,主人公の医者が書きつづった過酷な(もちろん架空の)病気の記録,という体裁で押し通す。形態は学術論文やカルテの形態ではなく,しいていえば日記ないし備忘録なのだが,ここには見事なまでの「科学者の姿勢」(それが普遍的な科学者か否かは別として)が感じ取れる。
 そして,その明晰な文体や構成,意外なほどに地味な結末は,『パラサイト』と違って,爆発的には売れないであろうこともまた明確に示している。

 そういえば,本書は小松左京,豊田有恒,光瀬龍,眉村卓,平井和正,山田正紀,堀晃ら「超」の付くベテランと並んで,ハルキ文庫の「SFフェア」の一環として平積みされていた。
 本書は,ホラーで押し通した『パラサイト・イヴ』に比べれば,格段にスペキュレイティブな手応えを感じる。しかし,まだ「医者による実験的な純文学」の範疇を越えず,新時代を興す力には欠けるようにも思われる。
 ……はたしてSFの復権はあるのだろうか。

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